第4章

 太陽王座の領地を出たあと、私はその足で「汎大陸獣人連盟」の本部へ向かった。

 のちに人づてに聞いた話だ。獅子族のがらんとした大広間で、ケールが私に謝れと咆哮したとき、迎えたのは執事長の氷のように冷たい通告だけだったという。

 エーリア王女は自ら、王族としてのあらゆる特権と家門の庇護を放棄し、連盟本部で「離脱審判」を受けに行った。

 オロバ大陸の獣人法のもとでは、高位の資源を享受してきた王族が家と連盟の紐づけを力ずくで断ち切るには、「断絶条項」を発動させるしかない。つまり私は、連盟に育てられた恩を返すため、たった一人で叙事詩級の試練任務を完遂しなければならない。失敗した場合、あるいは拒否した場合、その場で処刑。罪状は「族への反逆」。

 四十八時間後。

 私たちは連盟最高評議会の大ホール――「先鋒穹頂」で再会した。

 各大家門から集まった数百名の評議員と首領が席を埋め、空気は張りつめて重い。黒豹一族のアルファ首領であるケールは左側、前列のVIP席に座っていた。冷えた顔で、演壇に立つ私を睨みつける。たぶん彼はいまだ信じられないのだろう。いつも尻尾を振って彼の後ろをついて回っていた私が、ここまでやる胆力などあるはずがない――と。

「エーリア嬢」

 連盟の大裁判官が法槌をこつんと鳴らす。

「ケール首領との政略婚の義務を免れ、同時に獅子王家からも離脱するため、自ら死の試練を受ける。そう確言するのだな?」

「はい、裁判官閣下」

 スポットライトの下、私の声は驚くほど静かだった。自分でも意外なほどに。

「ならば法典に従い、国境戦区のいずれかで三年間の鎮守任務を選べ」

 裁判官がホログラム地図を呼び出す。

「どこにする?」

 迷いは一切なかった。私は地図の最上部、猩紅に塗られた危険区域へ手を伸ばす。

「『守望者計画』への参加を申請します。氷霜北境の鎮守を」

 その瞬間、ホールは凍りついたように静まり返り――次の刹那、天井を吹き飛ばす勢いのざわめきと悲鳴が爆発した。

 氷霜北境。

 汎大陸でもっとも恐れられる、名実ともに『肉挽き機』。嗜血の変異獣と極寒を相手に、駐屯する連盟軍団の戦死率は八割に達する。家の庇護を失ったばかりの女どころか、歴戦の高位アルファ将軍ですら遺書を用意して向かう場所だ。

「砰——!」

 ケールが跳ね起きた。彼の前の木卓が、制御の利かない力でひっくり返って床に叩きつけられる。

「正気か、エーリア?!」

 大股で通路へ踏み出し、額には怒りの青筋が浮く。

「お前はさっき重度の隔離薬剤を投与したばかりだ! 三年間、完全獣化すらできない! そんな……一般護衛にも劣る虚弱な身体で北境へ行くのは自殺だ! 今すぐ撤回しろ!」

 私は口の端だけで、かすかな冷笑を作った。

「私個人の選択です。あなたには関係ありません、ケール首領」

 声に波一つ立てない。

「それに――あなたはずっと、私を血筋だけの能無しだと思ってきたでしょう。口にしたじゃないですか。私みたいな人間は、そろそろ連盟に『実用的な価値』を示すべきだって」

 それは前世、私を『繁殖の道具』として捨てるとき、彼が飽きるほど口にした嘲り。今のケールはまだ言っていない。けれど私は、あえて一字一句違えずに突き返した。

 ケールの表情が、がくりと固まる。

 その瞬間、胸の奥に走ったのは、痛いほどの爽快感だった。

 私は彼の顔色がみるみる青ざめ、複雑に揺れるのを一瞥しただけで背を向けた。ホログラム画面に表示された「生死状」へ、迷いなく虹彩認証を押しつける。

 契約は発効した。

 覆水は盆に返らない。

 ……

 王都を発つ前、最後の夜。

 私は連盟が手配した臨時の戦術アパートに入った。

 簡素な戦闘服と防寒装備を数点、タクティカル・バックパックへ詰める。手首のブレスレット権限を落として休もうとした、そのとき。

 ドン、ドン、と鈍いノックが扉越しに響いた。

 扉を開けた瞬間、黒豹のフェロモンがぶわりと押し寄せる。

 ケールが立っていた。黒いコートを羽織り、長身が廊下の灯りをほとんど遮る。片手をドア枠に突き、私の退路を完全に塞いでいる。いつも傲慢さを宿していた瞳は、赤い血走りで埋まっていた。

「……なぜだ」

 私を射抜くように見つめ、声は掠れている。

「どうして急に、こんなにも別人みたいになる。エーリア、お前はいったいどうした? ウィラーのことで俺に当てつけてるなら……ここまでするのはやりすぎだ!」

 私は扉口にもたれ、冷えた目で彼を見返した。胸の内に残っているのは、果てのない荒涼と、うんざりするほどの倦みだけ。

「ケール首領、勘違いです」

 淡々と言う。

「私たちはもともと親しくもない。なのに『陌生』も何もありませんでしょう。あなたの心にいるのは、あなたの『高嶺の花』ウィラーだけ。彼女と結婚したい、彼女にすべてを与えたい――それはあなたの自由です。私には関係ない」

「もともと親しくない」

 その言葉に、ケールの瞳孔がぎゅっと縮む。胸が大きく上下し、彼は一歩踏み込んで、反射的に私の手首を掴もうとした。

「俺は、お前を捨てたいなんて言ったことはない、エーリア。俺はただ……」

「説明は不要です」

 私は半歩、滑るように退いて触れさせない。

「明日の夜明け、私は北境へ向かいます。三年の地獄で、借りは全部返す。それ以降、あなたたちの暮らしに二度と首は突っ込みません」

 背負い袋を持ち上げ、私は彼の脇をすり抜けるようにして廊下へ出た。指先で、廊下の先にある飛行艇ドックの呼び出しキーを叩く。

「さようなら、ケール」

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