第3章
リビングは死んだような静寂に包まれた。
由紀はゆっくりと、引き裂かれた離婚届へと歩み寄った。ペルシャ絨毯の上に散らばった白い紙片は、まるで砕けた雪の結晶のようだ。彼女はかがみ込み、その中の一枚を拾い上げた。そこには偶然にも『財産分与』の四文字が記されていた。
なんて、皮肉なことだろう。
ブラインドの隙間から月光が差し込み、床にまだらな影を落としている。由紀が目を閉じると、記憶が潮のように押し寄せてきた……
* * *
「由紀! 早く、今夜最後の焼き栗だよ!」
安物のウールのコートを着た若い亮介は、寒さで顔を真っ赤にしながらも、無邪気な喜びに輝いていた。屋台で買った湯気の立つ熱々の栗を一袋、彼女と分かち合おうと急いでいる。
「気をつけて、熱いから!」彼は栗の一つにふーふーと息を吹きかけながら殻を剥き、そっと彼女の唇へと運んだ。「食べてみて。特別甘いだろ?」
由紀が一口食べると、栗の甘い香りが口いっぱいに広がった。亮介は、褒められるのを待つ子供のように、緊張した面持ちで彼女の表情を窺っている。
「とても甘いわ」彼女は微笑んで言った。
「やっぱり!」亮介は宝くじにでも当たったかのように興奮した。「由紀、今は一番いいものをあげられないけど、一生、君を大切にすると誓うよ。お金持ちになったら、一番綺麗な家を買って、最高の宝石を買ってあげる……」
彼の瞳は星のようにきらめき、あまりにも誠実で、情熱的だった。
「ほんと?」
「もちろんだ!」亮介は彼女の手を握りしめた。ごつごつした掌から温もりが伝わってくる。「俺、神谷亮介は、一生、片倉由紀だけを大切にすると誓います!」
雪の結晶が舞い落ち始めた。亮介は自分のマフラーを外し、彼女の首に巻いてくれた。古いマフラーだったけれど、温かかった。
* * *
リビングの由紀は、はっと目を開けた。無意識に自分の首に手をやっていた。亮介に掴まれた場所がまだ微かに痛む。そして今、この瞬間にも、あの古いマフラーの温もりをまだ感じられるかのようだった。
彼女は力なく微笑んだ。あの頃は、本気で彼を信じていた……
記憶の波は、さらに押し寄せる……
* * *
七年前、同じリビング。
「亮介、何の匂い?」
階下に下りてきた由紀は、この家で嗅いだことのない香りを捉えた。濃厚で魅惑的な、決して自分の香水ではない香り。
コートを脱いでいた亮介の動きが、わずかに止まった。
「匂い? 何も匂わないけど」彼は振り返り、無邪気な笑顔を向けた。「たぶん、レストランのアロマキャンドルだよ。今夜はクラブで食事だったんだ」
「アロマキャンドル?」由紀は彼に歩み寄った。「亮介、私、この香りを知ってるわ。シャネルの五番、女性の香水よ」
亮介の表情が一瞬変わったが、すぐに落ち着きを取り戻した。「考えすぎだよ。今夜は確かに女性も何人か同席していたからね。うっかりついちゃったのかもしれない」
「うっかりついた?」由紀の声が震え始めた。「亮介、誓って。今夜は本当に仕事だけだったって」
「誓うよ!」亮介は右手を挙げた。その真剣な表情は、まるで法廷で宣誓しているかのようだった。「仕事だけだ。そんな理不尽なこと言わないでくれ!」
その瞬間、由紀は雪の降る夜に、一生大切にすると誓ってくれた少年を思い出した。同じ仕草、同じ真剣な表情。けれど、彼の瞳にはもう、かつての星の光は宿っていなかった。
「わかったわ、信じる」彼女は頷き、二階へ上がろうと背を向けた。
しかし、その瞬間から、すべてが変わってしまったのだと彼女は悟った。その瞬間から、彼の瞳に私はもう映っていなかったのだと。
* * *
リビングの由紀は立ち上がり、大きな姿見へと歩いた。鏡に映る女はまだ美しい。だが、その瞳にはもう、若さゆえの無垢さはない。
彼女はその後の日々を思い出した。亮介の帰宅はますます遅くなり、言い訳は増え、香水の匂いはより頻繁になった。そして自分は、馬鹿みたいに、毎回彼を信じることを選んだ。
すべてを変えてしまった、あの夜が来るまでは……
* * *
「由紀、話がある」
亮介は革張りの椅子に腰掛け、机の上にはウイスキーと葉巻。まるで商談を主宰するかのような態度だった。
「何の話?」由紀は彼の向かいに座った。胸に嫌な予感が広がる。
「思うんだが……僕たちの結婚生活にも、何か新しい取り決めが必要なんじゃないかと」亮介は慎重に言葉を選んだ。「ほら、最近の夫婦は、もっとオープンな関係を築いている例も多いだろう……」
「どういう意味?」
「つまり、お互いに……ある程度の社交の自由を持ってもいいんじゃないかということだ」亮介はウイスキーを一口飲んだ。「もちろん、これは君の神谷奥さんの地位に影響するものではない。世間的には、僕たちは変わらず模範的な夫婦であり続ける」
由紀は全身の血が凍りつくのを感じた。
「つまり……オープンな関係?」
「賢い女性は話が早くて助かるよ」亮介は微笑んだ。「お互いに自分のゲームを楽しめばいい。でも、君の立場には影響しない。君はこれからもこの家の女主人で、君が受けるべきものはすべて受けられる」
由紀はそこに座ったまま、世界がぐるぐると回るのを感じていた。この男、かつて一生大切にすると誓ってくれたこの男が、平然とお互いの裏切りを提案している。
「いいわ」彼女は自分の声が、恐ろしいほど冷静なのに気づいた。
亮介は、彼女がこれほどあっさり同意するとは思っていなかったらしく、一瞬呆然としていた。「ほんとうに?」
「ええ」由紀は立ち上がった。「疲れたわ。先に上に上がるわね」
彼女は背を向けて書斎を出た。ドアが閉まる寸前、亮介が安堵の長い溜息をつくのが聞こえた。
その瞬間、私はようやく理解した。私が愛したあの少年は、最初から私の幻想に過ぎなかったのだと。
* * *
リビングの由紀はソファに戻り、『財産分与』と書かれた紙片を再び拾い上げた。
真実はかくも残酷で、そして、かくも明白だった。
亮介は変わったのだ。路地裏の焼き栗から豪華な書斎へ、安物のウールのコートから仕立ての良いスーツへ。彼の見た目が変わり、環境が変わっていった。
オープンな関係を提案したのは、彼女に飽きたからだ。だが、彼女が彼にもたらす社会的価値を手放すのは惜しかった。
雪の降る夜に、一生大切にすると誓ってくれたあの少年は、最初から私の都合のいい思い込みに過ぎなかったのだ。
「バカな、由紀……」由紀はか細い笑い声を漏らした。涙が、知らぬ間に頬を伝っていた。
