第144章 橘耕治失脚

晩秋の夕暮れ、辺りは深い宵闇に包まれつつあった。

綾瀬美月は『初音』スタジオの掃き出し窓の前に立ち、眼下を見下ろしていた。そこには、絶え間なく行き交う車のヘッドライトが、まるで蜿蜒と流れる光の川のように輝いている。

不意に携帯電話が振動した。氷室龍一からのメッセージだ。

「今向かっている。あと三十分で着く」

彼女は一言「了解」と返信しかけたが、指先を画面の上で少し止めた後、もう一文付け加えた。

「ハルが、あなたに会いたがってる」

ここ半月ほど、氷室龍一はまるで常連客のように家に出入りしていた。

仕事の打ち合わせに来ることもあれば、ただ通りがかりに立ち寄ることもある。そしてその都...

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