第166章 『初音』から離職しよう

「次は、ないわよ」

彼女は結局、そっけなくそう呟いて手を引っ込めると、救急箱を片付け始めた。

その努めて平静を装う姿を眺めながら、氷室龍一の唇の端が、誰にも気づかれないほど微かに持ち上がった。

どうやらこの難局は乗り切ったらしい、と彼は悟った。

一方、綾瀬家でのあの茶番じみた誕生パーティーは、見るも無惨な結末と、嘲笑混じりの囁きの中で幕を閉じていた。

綾瀬和延が画策した苦肉の策も縁談も、綾瀬氏を救うどころか、自家を上流社会全体の笑いものにしただけだった。翌日の株式市場が開くと同時に、綾瀬グループの株価は再び暴落した。

羞恥、絶望、そして破れかぶれの狂気が、和延の胸中でどす黒く発酵...

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