第85章 彼は何も要らない

彼女もまた、たった今無理やり檻に押し込められたようだ。髪は振り乱れ、焦点の定まらない目で、仮面をつけた――今は彼女同様に呆気にとられている――客席を見下ろし、悲鳴を上げた。

「きゃああっ! 何なのこれ!? 出して! 誰が私をこんなところに連れてきたのよ?!」

会場を一瞬の静寂が包み、直後に爆発的な騒がしさが満ちた。

「どうなってるんだ? なんで白石麻里奈なんだ?」

「綾瀬美月はどこだ?」

「ふざけるな!」

司会者も完全に混乱し、マイクを握りしめたまま立ち尽くしている。

一方、会場の二階にある、絶対的な闇に包まれた死角――。

氷室龍一は座り心地の良いソファに気怠げに身を預け、マ...

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