第3章
母は優しく私の頬をつまんだ。その眼差しは春の日の桜のように穏やかだった。
「優、何を考えているの? そんなにぼんやりして」
私は微かに首を横に振り、母の目を直視できなかった。母の指が私の頬をそっと滑る。その動きは、まるで音のない茶道を披露しているかのように優雅だった。
「知ってる?」
母の声は流水のように優しく響く。
「あなたは私がお腹を痛めて、少しずつ育んできた大切な宝物なのよ」
それは普通の母親が子にかける愛情の言葉に聞こえるかもしれない。けれど、鈴木美雪の口から発せられるこの言葉には、もっと深い意味が込められていることを私は知っていた。彼女の目には、私は彼女の『作品』であり、血脈の続きであり、一族の『才能』を受け継ぐことを期待された後継者なのだ。
母は優雅に茶道の袖から、精巧な和紙で包まれた封筒を取り出した。紙面には伝統的な水墨の山水画が描かれている。
「今日、あなたの下駄箱のそばで見つけたものですわ。あなた宛てのようね」
私の心臓が一瞬、時を止めた。封筒を受け取る時、指が微かに震えるのを感じた。私は慎重に和紙の包みを開け、中から一枚の写真を取り出した。
写真の内容を目にした瞬間、私の身体は制御を失い震え始めた。
写真には、鈴木優が私の腹を踏みつけている姿が写っていた。ハイヒールの先端が、私の制服に深く食い込んでいる。藤堂心乃は傍らに立ち、私の頭に透明な接着剤を注いでいた。私の髪はべったりと固まり、顔は涙で濡れていた。
記憶が潮のように押し寄せる。
あの日の午後、鈴木優は私を女子トイレの一番奥の個室に引きずり込んだ。
彼女は私の腹を踏みつけ、見下ろしながら、吐き気を催すような笑みを浮かべていた。
「クソ犬、あんたにそんな綺麗な黒髪は似合わないのよ」
彼女はそう言いながら、藤堂心乃に準備していた接着剤を出すよう目配せした。
私は写真を裏返す。裏面には、ひらがなで歪な文字が書かれていた。
『クソ犬の一家がどんな生活をしてるのか、鈴木家にお邪魔するのがとっても楽しみです』
私は素早く写真を制服のポケットに押し込んだが、母の動きの方が速かった。彼女の手は蛇のように、茶道の師範特有の俊敏な動きで私の手から写真を奪い取った。
「私の娘をこんなに緊張させるものが何なのか、見せてちょうだい」
母の表情は依然として典型的な専業主婦の微笑みを保っていたが、その眼差しは冬の日の氷柱のように、異常なまでに鋭利になっていた。彼女は写真の表と裏を念入りに眺め、視線は写真と私の短く切られた髪との間を行き来した。
「この人たち」
彼女は恐ろしいほど平坦な口調で尋ねた。
「あなたを傷つけたのは? 私の娘の綺麗な黒髪を切ったのは、この人たちなの?」
私は俯いて頷き、胃のあたりに激痛が走るのを感じた。
「お母さん、この人たちに何もしないでください」
私は傷ついた小動物のように懇願した。
「藤原先生に報告するとか、転校を申請するとか……」
母は茶器を片付けながら微笑んでいた。その動作は流麗で優雅で、まるで明日の夕食の献立について話しているかのようだった。
「優ちゃん、私たち鈴木家は、お客様を礼を尽くしてもてなすのが習わしだって知っているでしょう」
彼女は静かに言った。
「あちらが我が家への訪問を楽しみにしてくださっているのなら、こちらも当然、最も伝統的で、一生忘れられない『おもてなし』を準備しなくてはね」
彼女が『おもてなし』という言葉を口にした時、その目に一筋の冷たい光が走り、私は思わず身震いした。
母が茶室の花瓶に、数本の『夢見草』を挿しているのに気づいた。淡い紫色の花弁を持つ、幻覚作用のある物質を抽出できる植物だ。
寝室に戻った後、私はベッドに横になったが、眠りにつくことはできなかった。夜が更け、私はようやく不安な夢の中に落ちていった。
夢の中で、私は九歳の頃に戻っていた。
私は廊下に立っていた。裸足の下で、木の床が微かにきしむ。
両親の部屋から低い話し声が聞こえ、障子の向こうからぼんやりとした灯りが漏れていた。
「お前は本当に、あの一族からこの子を引き取ったことを後悔していないのか?」
鈴木正雄の声が、襖越しに聞こえてきた。
「もし相応しくなければ、いつでも殺せばいいですわ」
母の声は冷静で、現実的だった。
「裏庭の枯れ井戸の下には、一体や二体の死体じゃないんですもの。もう一つ増えたところで構いませんわ」
九歳の私は極度の恐怖を感じ、身体が制御できずに震え出した。まさか私は、彼らの実の娘ではない? 私は『引き取られて』きた? 枯れ井戸の下の死体とは、一体何のこと?
突然、両親の話し声がぴたりと止んだ。足音がドアに近づいてくるのが聞こえ、やがて襖がゆっくりと開かれた。
両親は戸口に立っていた。微笑みを浮かべているのに、その眼差しは異常なほど冷え切っていた。
「大人の話を盗み聞きする子は」
彼らは声を揃えて言った。
「良い子じゃないんだよ」
