第182章 彼はわざとだ

電話の向こうから聞こえる稲崎秀信の穏やかな声に、西園寺琴音の胸がふと温かくなる。

「ありがとう。真夏のために、いろいろと骨を折ってくれて」

「礼には及びませんよ。力になれて嬉しいです」

稲崎秀信の口調は、変わらず優しさに満ちていた。

その時、西園寺琴音は背後からふいに肩を軽く叩かれたのを感じた。

彼女は少し驚いて、携帯電話を握りしめたまま振り返る。

すると意外なことに、稲崎秀信の柔和な笑みを湛えた端正な顔が、すぐ目の前にあった。

彼は数歩離れた場所に立ち、同じように携帯電話を耳に当てている。

西園寺琴音は驚きのあまり、目と鼻の先にいる彼を見つめ、それから通話画面が表示されたま...

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