第1章
私はずっと夢見ていたケンブリッジ大学の合格通知を蹴った。いじめに苦しむ幼馴染を追って、プリンストン大学へ進学するためだけに。
だが、願書を提出する前日。私は偶然、彼とチームメイトたちが大声で笑い合っているのを耳にしてしまった。
「おいおい、お前マジでオスカー賞もんだぜ」誰かが忍び笑いを漏らす。「あわれな被害者を演じただけで、あのヴァンダービルト家の令嬢にケンブリッジを諦めさせたって?」
「俺のために家族と対立してまで、逆境から俺を守る盾になろうってんだからな――ホント、手がつけられないほど馬鹿なお嬢様だよ」カーターは友人たちに向かって冷笑を浮かべた。
「あいつをプリンストンに引きずり込めば、邪魔されることなく、やっとリリーと付き合えるしな」
私は部屋に押し入ることはしなかった。
ただ静かにプリンストンの願書を破り捨て、ケンブリッジの入学手続きを済ませた。
カーターはある重要な事実を忘れているようだ。私の実家の財力がなければ、彼は悲劇の王子様なんかではなく、ただの負け犬にすぎないということを。
……
ちょうど一ヶ月前、カーターは初めていじめの被害を私に打ち明けた。
私のマンションの外に立ち、全身傷だらけの姿で、チームメイトにロッカールームに閉じ込められて殴られたのだと訴えた。
胸が張り裂けそうだった。今すぐ飛び出して行き、あいつらを八つ裂きにしてやりたい衝動に駆られた。
しかし彼は私の手を掴み、傷ついた小鹿のような脆い瞳で私を見つめた。「イザベラ、やめてくれ。君はヴァンダービルト家の後継者だ。奴らは君には手を出せないが、その分、俺への報復がもっと酷くなる」
それ以来、彼には次々と不幸が降りかかった。用具室に閉じ込められ、酷く殴られ、ロッカーにはゴミを詰め込まれた。
その度に、私は我が身を顧みず真っ先に飛び出し、彼を庇い続けた。
先週、棚からペンキの入ったバケツが落ちてきた時も、私は躊躇うことなく彼に覆い被さった。
あの時、彼は私の肩に寄りかかり、ひどく弱り切った声で言ったのだ。「イザベラ、俺はケンブリッジには行けない。義理の兄貴やあいつらが、あそこを俺の地獄に変えるはずだ」
幼い頃から一緒に育ってきた彼を見つめ、その瞳に浮かぶ無力感を目の当たりにした瞬間、私は迷わず決断を下した。ケンブリッジへの進学を諦め、彼を追ってプリンストンへ行こうと。
そのせいで、私は家族と激しく衝突した。幼い頃からの夢をカーターのために犠牲にするなんて、彼らには到底理解できなかった。それでも私は盲目的に自分の選択を貫こうとした。
「でもよ、あの子はお前にゾッコンだぜ」再びブレイスの声が響いた。「真相を知られてフラれるのが怖くないのか?」
「俺を振るって?」分厚いドアの向こうから漂ってきたカーターの声が、私を現実へと引き戻す。
「あいつはプリンストンの件で家族と揉めて、ほとんど絶縁状態なんだ。そんな奴が、俺を手放すと思うか?」
「それにさ」カーターは得意気な優越感を滲ませて言葉を継いだ。「先週、あいつの家のプールサイドで、あいつは自分から初めてを捧げようとすがりついてきたんだぜ。俺がわざわざいい男を演じて、待てって言ってやったんだ。あんなに飢えた安い女が、俺から離れていくわけないだろ」
その言葉は氷の刃となり、一言一言、私の胸を深くえぐり、耐え難い苦痛をもたらした。
私は最も純粋で大切だった忠誠を彼に捧げたというのに、彼はそれを戦利品として扱い、私を貶める安っぽい笑い話の種にしていたのだ。
「なら、なんでさっさと別れないんだ?」ブレイスが腑に落ちない様子で尋ねた。「わざわざ面倒なことしなくてもいいだろ?」
「イザベラは頑固なんだよ」カーターは苛立ち交じりに説明した。「もし俺から振ったら、間違いなく大騒ぎして、俺の学費の援助まで打ち切られかねない」
「ぶっちゃけ、一番の理由はリリーがあいつの顔を見るだけで不安がるからだ。リリーは奨学金で転校してきたばかりで、安心感を求めてる。だからリリーのために、イザベラが疲れ切った体でプリンストンに付きまとってくるのを、しばらく我慢してやるしかないんだよ」
リリー・スミス。
一ヶ月前にうちの学校へ転校してきた奨学生で、いつもおどおどとカーターの後ろに隠れている少女だ。
カーターが「いじめの被害者」という完璧な設定を作り出したのも、まさにその同じ月だった。
「世間知らずの転校生のために、超大金持ちのお嬢様を捨てるなんてな。カーター、お前マジで伝説だわ!」チームメイトたちが囃し立てる。
「いや、だってリリーは守ってやりたくなるだろ。イザベラなんて氷みたいに冷たくて、いつもお高くとまってるしさ。俺たちのこと見下してるし」
湧き上がる嘲笑に対し、カーターは反論することも、彼らを黙らせることもなかった。
ただ黙認したのだ。
彼自身、この状況を心底楽しんでいるのだから。
その場に立ち尽くし、部屋から漏れ聞こえる汚らわしい声を聞いていると、私の心は底なしの深淵へと真っ逆さまに落ちていくようだった。怒り、屈辱、そして息が詰まるほどの悲しみが、胸の中を激しく渦巻いた。
今すぐあのドアを蹴り破ってやりたい。
彼に問いただしたかった。私があなたのためにペンキまみれになった時、少しでも罪悪感を抱いたのか? 私があなたのために家族と決裂した時、一瞬でも心が揺らいだのか? 共に過ごした十二年間は、あなたにとって一体何だったのか、と。
だが、感情が爆発しそうになったその瞬間、母の優雅な声が混乱する思考を切り裂き、冷静に響き渡った。
「イザベラ、引き際を知りなさい。クズを磨いたところで、宝石にはならないのよ」
私はスマートフォンを取り出し、兄の番号にダイヤルした。
「お兄ちゃん。私、ケンブリッジの願書を出すわ」
電話の向こうから、驚きと喜びに満ちた兄の声が弾んだ。「本当かイザベラ? ああよかった、ようやく目を覚ましてくれたか! 最高だ。向こうのことは心配するな――俺の親友もケンブリッジに行くからな。あいつがお前を面倒見てくれるはずだ」
電話を切った直後、手のひらでスマートフォンが震えた。
カーターからのメッセージだった。「イザベラ、どこにいる? 一緒にプリンストンの願書を書こう。いつもの場所で待ってる。愛してるよ」
私は画面の文字を冷ややかに見つめた。
ええ、確かに願書は書かなきゃいけないわね。
でも、プリンストンはもうお呼びじゃないわ。
