第37章 頼む相手が違う

「すみません、太田さん。お酒は飲めないんです」

目黒千音は俯いたまま、相手の機嫌を損ねない程度に受け流しつつ、視線だけで周囲を探る。逃げ道。今すぐ抜け出せる隙。

だが太田は、彼女の言葉など聞こえなかったかのように取り合わない。胸焼けがするほど作り物の笑みを貼りつけたまま、突き出た腹を揺らし、さらに数歩にじり寄ってきた。

今度はグラスが、千音の顎にぶつかりそうな距離まで迫る。酒が数滴はねて、カーペットに染みを作った。

「目黒嬢、そんな冷たいこと言わないでさ。ちょっとだけ、ひと口でいいから。業界の作法ってやつだよ。皆で楽しくやって、あとで話もスムーズにしよう?」

千音は眉間に皺を寄せ、...

ログインして続きを読む