第3章

「母さんのこと、きっと気に入るよ」椎名家のイタリア料理店の前に車を停めながら、良太が言った。「ここ数週間、ずっと君のことを聞かれてたんだ」

そのレストランは、私が想像していた通りの店構えだった。赤煉瓦の外壁に、緑の日除け。何十年もこの街の家族たちの胃袋を満たしてきた、そんな雰囲気の場所だ。窓の向こうでは、食事客たちがパスタをフォークに巻きつけ、ワインのボトルを酌み交わしているのが見えた。

「素敵なお店ね」私はドレスのしわを伸ばしながら言った。良い印象を与えたくて、手持ちの中で一番おとなしい服を選んできたのだ。

「準備はいい?」良太が私の肩をぎゅっと握る。「母さん、君の料理を味わうのが待ちきれないみたいなんだ」

あれが最初の警告だったのかもしれない。

台所は、最高にいい意味で混沌としていた。三人の料理人がダンサーのように動き、イタリア語混じりの日本語でオーダーを飛ばし合っている。パスタ鍋からは湯気が立ち上り、ニンニクと新鮮なハーブの香りがむせ返るほどに満ちていた。

そして、その全ての中心に立っていたのが、椎名美香さんだった。

思ったより小柄な人だったが、その場をまるで女王のように支配していた。黒髪をきつく後ろで束ね、何一つ見逃さない鋭い目をしている。彼女は良太の姿を認めると、顔中をぱっと輝かせた。

「良太」彼女はそう言って、良太を力強く抱きしめた。

「母さん、こちら幸帆」良太は私の腰に腕を回す。「俺の彼女」

美香さんの目が私に突き刺さった。まるで三秒の間にスキャンされ、分類され、値踏みされた気分だった。

「幸帆」彼女は慎重に発音しながら、私の名を繰り返した。「良太から聞いたわ。あなたも料理人なんだってね」

「シェフになるために勉強中です」私は訂正した。「まだ、見習いです」

「結構。なら、ちょっとしたテストも構わないわね」彼女は手をぱん、と叩いた。「一緒にトマトソースを作りましょう。良太があなたに見出しているものを、私に見せてちょうだい」

それは依頼ではなかった。

続く一時間は拷問だった。美香さんは私を調理台の前に立たせ、伝統的なボロネーゼの材料を用意した。牛ひき肉、豚ひき肉、仔牛のひき肉。角切りにすべきパンチェッタ。手で潰すためのトマト。

私は手袋をはめた。

「それは何のため?」美香さんが即座に尋ねた。

「肌が弱くて」私は嘘をついた。「いくつかのアレルギーがあるんです」

その表情は信じていないと語っていたが、彼女はそれ以上追及はしなかった。まだ、だ。

野菜の下ごしらえは問題なくこなせた。玉ねぎ、人参、セロリ――どれも扱いに慣れているものばかり。だが、肉の番になると、私は苦戦した。手袋越しでは、肉の質感がうまく感じ取れない。十分に火が通ったタイミングが分からないのだ。

「違う、違う、違う」美香さんが苛立ちを隠さずにやってきて、私のフライパンをかき混ぜた。「肉を感じないと。肉汁が解放される瞬間を知らないと」

「音で分かります」私はか細い声で言った。

「音?」彼女はまるで私が異国の言葉を話したかのように私を見た。「料理は耳でするものじゃない、手でするものよ」

今や他の料理人たちもこちらを見ていた。本来ならお手の物であるはずの食材にまごつく私の背中に、彼らの視線が突き刺さるのを感じた。

ソースの濃度を確認する時が来て、私はもう終わりだ悟った。美香さんはぐつぐつ煮える鍋に直接指を突っ込み、味見をすると、満足げに頷いた。

「あなたの番よ」と彼女は言った。

私はソースを見つめた。どろりとした、赤い、火傷しそうなほど熱い液体。食欲をそそるはずの、煮詰まったトマトと肉の匂いが、私の胃をむかつかせた。

「あの……スプーンを使っても」

「スプーンはなし」美香さんの声が台所の騒音を切り裂いた。「本物の料理人は手で味見をするもの。そうでなければ、どうやって舌触りを知るの? 熱を? ソースの命を?」

台所中の視線が、今や私一人に注がれていた。良太が私の肩のそばに現れ、彼から放たれる緊張が伝わってくる。

「母さん、もしかしたら――」

「あなたの彼女は、私たちの台所で料理をしているのよ」美香さんは遮った。「だったら、私たちのルールに従ってもらうわ」

やってみようとした。本当に、頑張ったんだ。指がソースまであと半分というところで、体が言うことを聞かなくなった。手が震え始め、呼吸が浅くなる。

できなかった。

「ごめんなさい」私は囁いた。「できません」

その後に訪れたのは、耳をつんざくような沈黙だった。

「ソースの味見さえできないのよ」美香さんは声を潜めようともせずに言った。「これを見て。コクもなければ、深みもない。食べ物を怖がってるみたいに手袋なんかして料理して」

「食べ物が怖いわけじゃありません」私はなんとか声を絞り出したが、その声は震えていた。

「違うの? じゃあ、何を怖がってるっていうの?」

全部。私は、全部が怖かった。

パニックが、津波のように押し寄せた。壁が迫ってくるような気がした。息ができない、考えられない、逃げること以外、何もできなかった。

私は台所から飛び出し、裏口を押し開けてレストランの裏路地へと駆け込んだ。煉瓦の壁に背中を押し付け、どうやって呼吸するのかを思い出そうとした。

三十秒後、良太が私を見つけた。

「幸帆、ほら、俺を見て」彼の手は、触れることなく私の顔の近くをさまよった。「大丈夫。もう安全だよ」

「私には無理」私はしゃくり上げた。「彼女が望むような人にはなれない」

「君は君のままでいいんだよ」

「彼女、私のこと嫌ってる」

「君を理解してないだけだよ。それとこれとは違う」

彼の言葉を信じたかった。だがその時、ドアが開き、美香さんが路地裏へと足を踏み入れた。その顔は険しくこわばっていた。

「これがあなたの望みなの?」彼女は、まるで私がそこにいないかのように良太に尋ねた。「物事が困難になると逃げ出すような娘が?」

「母さん、やめてくれ――」

「いいえ」美香さんは手を挙げて制した。「この子は、優しいでしょう? ええ? 可愛いでしょう? ええ? でも、うちのレストランでは料理はできない。私たちの伝統を受け継ぐことはできないわ」

「伝統を受け継ぐ必要なんてありません」私は声を取り戻して言った。「私には、私自身のやり方がありますから」

美香さんは笑ったが、そこに愉快さのかけらはなかった。「手袋をして? 食材から隠れて? そんなのは料理じゃないわ、バンビーナ。おままごとよ」

その言葉は、物理的な打撃のように私を打ちのめした。

「もう十分だ」良太の声が鋭くなった。

「いいえ、良太。十分じゃないわ。あなたは頭じゃなく、心で考えてる。この子はあなたの足手まといになる。あなたを弱くする」

「彼女が成長させてくれるんだ」

「成長させてくれるだって?」美香さんの声が甲高くなった。「この子を見てごらんなさい! 愛してると言う食べ物に触れることさえできないのよ。どうやって台所を切り盛りするの? あなたの子供たちに教えるの? まともな妻になれるっていうの?」

「まともな妻なんていらない」良太は言い返した。「俺は、彼女が欲しいんだ」

一瞬、希望が胸に灯った。彼は私を選んでくれる。私たちのために戦ってくれている。

だがその時、美香さんは最後の切り札を切った。

「選びなさい」彼女は簡潔に言った。「あなたの家族。あなたの伝統。あなたの未来。それとも、私たちの世界に決して馴染むことのない、この娘か」

良太はぴたりと動きを止めた。

私たちの間に、深い溝のように沈黙が横たわった。私は彼の顔を見つめ、その瞳の奥で繰り広げられている葛藤を見た。家族への義務か、愛か。伝統か、変化か。

五秒。それだけで、私の世界は崩れ去った。

知るべきことのすべてを物語る、五秒間の沈黙だった。

「もう、選んだのね」私は静かに言った。

「幸帆、違う。そうじゃ――」

でも、私はもう歩き出していた。満足げに勝ち誇った顔をする美香さんの横を通り過ぎ、私の屈辱を目撃した料理人たちでいっぱいの台所を通り過ぎ、この椎名家のレストランの門へと向かった。

「幸帆、待ってくれ!」良太が背後から叫んだ。「なんとかなるから!」

私は最後にもう一度だけ振り返った。彼は照明の暖かい光の中に立ち、引き裂かれそうな表情をしていた。私を追いかけたいのに、足が動かない、といった様子で。

「いいえ」私は、彼に聞こえるくらい大きな声で言った。「私たちには、もう無理よ」

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