第4章

あれは五年前のこと。遠い昔の話だ。

それなのに、どうして私は朝の六時から自分のパン屋に立って、命がけみたいに生地をこねているんだろう?

「そのパン、こねすぎになっちゃうよ」カウンターの後ろから、津崎春花が声をかけてくる。彼女は二年間、私のアシスタントを務めているけれど、私がこんなに張り詰めているのを見るのは初めてだろう。「どうしたの?」

「何でもない」私は必要以上に強く生地を叩きつけた。「明日の注文の準備を前倒しでやっておきたいだけ」

「ふーん」津崎春花は微塵も信じていない顔だ。「それって、昨日のフードフェスにいた、あのイケメンと何か関係あったりする?」

私は固まった。「どんな人?」

「背が高くて、黒髪で、イケメン。プロみたいな感じの人。あなたが話し終わった後、二十分くらい、ただそこに立ってあなたの仕事ぶりを眺めてたわよ」

最悪。気づかれていないとよかったのに。

「別に、誰でもない人よ」と私は嘘をついた。

「誰でもない人のせいで、罪のないパン生地を殴ったりしないでしょう」

私が返事をする前に、ドアの上のベルがチリンと鳴った。開店まであと二時間もあるのに、入ってくるときに鍵をかけるのを忘れてしまったらしい。

「すみません、まだ閉まってて――」私は言いかけて、言葉を止めた。

良太が戸口に立っていた。彼には似つかわしくない、どこか不安げな表情で。その手には、見覚えのある小さな白い箱が握られている。

「やあ」と彼が言った。「来ても大丈夫だったかな」

津崎春花の眉毛が髪の生え際までつり上がった。彼女はあからさまに嬉しそうにハンドバッグを掴む。「急に用事を思い出しちゃった。ごゆっくりどうぞ」

裏切り者は、ほとんどスキップするように裏口から出て行った。

「取っておいてくれたんだ」私は箱に視線を送りながら言った。

「昨日、一口食べたんだ」良太は一歩中に入り、背後のドアを閉めた。「でも、どうしても食べきれなくて。完璧すぎたんだ」

「食べるには完璧すぎたってこと?」

「それに値しない人間が食べ尽くすには、完璧すぎた」

その言葉に何と返せばいいかわからず、私は再び生地をこねる作業に戻った。繰り返される動きが、私の神経を落ち着かせてくれる。

「すごい場所だね、ここは」良太が辺りを見回しながら言った。

私のパン屋は、見た目はたいしたものじゃない。小さな店構えに、黄色い壁、中古で買ったディスプレイケース。でも、ここは私のもの。隅から隅まで、全部。

「おしゃれじゃないけどね」と私は言った。

「おしゃれである必要なんてないよ。なんだか……」彼は言葉を探して、一瞬黙った。「本物って感じがする」

彼は壁際まで歩いて行った。そこには私の免許証や、新聞の切り抜き、開店日の写真がいくつか飾ってある。彼の視線が、ある一つの記事で止まった。

「『地元のパン職人、食物アレルギーの子供たちのための聖域を創設』」彼は声に出して読んだ。「『冬木幸帆さんは、単なる商売を営むのではない。普段は疎外されがちな子供たちが、焼きたてのクッキーを味わえる——そんな素朴な喜びを、ようやく手にできる安全な場所を創り出したのだ』」

私の頬が熱くなる。「大したことじゃないわ」

「そんなわけないだろ」良太の声は柔らかいが、熱がこもっていた。「幸帆、これはすごいことだよ。君は子供たちを助けてるんだ」

「ただパンを焼いてるだけ」

「違う」彼は別の写真を指さした。重度のアレルギーを抱える小さな男の子がチョコチップクッキーをかじっている。私もその隣で笑っている——二人そろって満面の笑みを浮かべた一枚だ。「君は、自分が決して得られなかったものを彼らに与えているんだ。彼らが属せる場所を」

その言葉が、心臓を直撃した

「どうやってるんだ?」良太が尋ねた。「普通の材料を一切使わずに、普通の味がするものをどうやって作ってるんだ?」

私は生地をこねる手を止めた。「本当に知りたい?」

「ああ。知りたい」

だから私は彼に話した。代替の小麦粉や、つなぎになる材料について。ココナッツクリームをどう使えば乳製品とそっくりな味になるかについて。感覚過敏を引き起こさないレシピを完成させるために、何ヶ月も費やしたことについて。

「ここのものは全部、手じゃなくて道具を使って作ってるの」私は説明した。「シリコンのヘラ、木のスプーン、絞り袋。湿った材料に直接触れることはない」

「天才的だ」良太が息をのんだ。「君は妥協せずに料理する方法を見つけたんだ」

「私は生き延びる方法を見つけただけ」

「同じことだ」

私たちが心地よい沈黙の中で立っている間、私は生地をパンの形に整えていった。良太は私の手の動きを見つめ、その一つ一つの技術を記憶に刻み込んでいるのが見て取れるようだった。

「幸帆」ついに彼が口を開いた。「君に謝らないといけないことがある」

「あなたが私に謝ることは何もないわ」

「あるんだ」彼の声が低くなる。「あの夜、母さんが君に言ったことは……残酷で、間違っていた。俺はすぐにでも母さんを止めるべきだった」

「あなたは自分の家族を守っていた」

「俺は臆病者だったんだ」良太は髪を手でかき上げた。「五年間、毎日後悔してきた」

「遠い昔の話よ」私は言ったが、声が少し震えた。

「そうかな? だって昨日、フードフェスで君が築き上げたものを見たとき……ああ、幸帆。君は母さんが言ったこと全てが間違いだったって証明したんだ」

それにどう応えればいいのかわからなかった。私の一部は怒り続けていたいと思っていた。その方が安全だから。

でも、私の中の別の部分、私が苦しんでいた頃に彼がどれだけ辛抱強かったかを覚えている部分が、彼を許したがっていた。

「考えてたんだ」良太が続ける。「昨日の君の言葉を。俺たちはもう違う人間なんだって」

「そうよ」

「そうかもしれない。でも、君がどんな人間になったのか、知りたいんだ。もし、君が許してくれるなら」

私は彼を見上げた。本当の意味で、彼を見た。私が知っていた良太は、時に傲慢なほど自信に満ちていた。今の彼は、もっと謙虚で、言葉を慎重に選んでいる。

「何が言いたいの?」

「俺に教えてくれないか」気づいたら、言葉が口をついていた。「君の技術だ。感覚過敏に対応したやり方を……学びたいんだ」

「どうして?」

「君が正しいからだ。世界が人に合わせるべきで、その逆じゃない。それに……」彼はためらった。「それに、もし五年前にもっと理解していたら、物事は違っていたかもしれないから」

私が返事をしようとしたとき、視界の端で何かが動いた。店の正面の窓を通り過ぎる影。

「今、何か見えた?」私はささやいた。

良太が私の視線を追う。「何を?」

私は窓に近づいたが、そこにいたはずの誰かはもういなくなっていた。通りには、早朝のジョギングをする人が数人いるだけで、閑散としている。

だが、それだけではなかった。ドアの下の隙間から、ある香りが漂ってくる。

ジャスミンとレモン。エレガントで、紛れもなく高級のもの。

私はその匂いを知っていた。

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