第2章
皆川霜介と別れて三日後、私は簡単な荷物をまとめ、東京を離れた。
出発する前、親友の星野凛に『大阪に来たよ』とメッセージを送った。
凛からの返信は早かった。
『私のところに来なよ、待ってるから』
大阪の空気は東京よりずっと気楽だった。私がスーツケースを引きずって凛のマンションのドアの前に現れると、彼女は何も言わずに私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「絶対大阪に来ると思ってた。夕は辛いことがあると、いつもこっちに逃げてくるもんね」
彼女は私を解放し、幾分やつれた私の顔を上から下まで眺めると言った。
「河合大輔から皆川霜介と別れたって聞いたよ」
私は少し黙り込んだ。話が伝わるのがこんなに早いとは思わなかった。
「いいことじゃない!」
凛は私の手を取り、目をキラキラと輝かせた。
「あの自信過剰男、あんたには全然相応しくなかったんだから。ずっとあんたが彼から解放されるのを待ってたの。これでやっと自由よ!さ、荷物を置いて、飲みに行こ。気晴らしが必要でしょ」
午後の大阪、心斎橋。カフェの大きな窓から差し込む陽光が、私と星野凛のテーブルの上にまだらな光の影を落としていた。
「ほんと、夕。あなたのこと、嬉しいって思うよ」
凛はカフェラテを一口啜った。
「七年間よ。あの男があなたのことを本当に大切にしたことなんて、一度もなかったじゃない」
私は自分のコーヒーに目を落とし、その話題にはあまり触れたくなかった。
凛は私の気持ちを察したのか、話題を仕事のことに切り替えた。
「『NOVA』の購読者数はどう?」
彼女は小さなスプーンでラテをかき混ぜながら、目を輝かせている。
「予想よりずっといいわ」
私はかすかに微笑んで応えた。
「先月のファッション特集は、アクセス数が百万を突破したの」
「ほらね!だから言ったでしょ、もっと早く自分のデジタルメディアを立ち上げるべきだったって」
凛は得意げに言った。
「そうだ、今夜の同窓会、絶対に来てよ」
私は一瞬ためらった。
「行けるかどうかわからない……」
「断らないで」
凛はきっぱりと私の言葉を遮った。
「ずっと大阪に隠れているわけにもいかないでしょ?もうあのクズと終わったんだから、新しい生活を始めなきゃ」
凛はコーヒーカップを置き、真剣な表情になった。
「今回の集まりは、私が特別に企画したの。たくさんの同級生があなたに会いたがってる。それに、皆川霜介から離れたんだから、もっと社交の輪に復帰すべきよ」
私は小さくため息をついた。
「ただ、大勢の人の気遣いや質問に、向き合う準備ができているか自信がないの」
「誰もそんな気まずい質問はしないから。もう釘を刺しておいた」
凛は私の手をぽんと叩いた。
「ただの普通の同窓会だって。気楽にしなよ。それに……」
彼女は意味ありげに微笑んだ。
「もしかしたら、サプライズがあるかもね」
結局、私は頷いて承諾した。
もしかしたら凛の言う通りかもしれない。いつまでも自分で築いた安全地帯に隠れているわけにはいかないのだ。
夜の居酒屋は大変な賑わいで、同級生たちが三々五々集まっては、談笑に花を咲かせている。私はお酒を片手に、彼らが語るそれぞれの生活や仕事の話を静かに聞いていた。
お酒の後、雰囲気はますます熱を帯び、大学時代の面白い出来事を思い出し始める者もいた。
「月詠、大学祭でのあのスピーチ、覚えてるか?」
同級生の一人が笑いながら私に尋ねた。
私は思わずあの大学祭を思い返した。
大学一年の時、私は文芸サークルの責任者として、文学討論会を企画したのだ。
「あの日の司会、良かったよな」
同級生は続けた。
「皆川があんたに目をつけ始めたのって、あれからだろ?」
皆川霜介が私に目をつけたのは、確かにあの日からだった。発表が終わった後、霜介が話しかけてきて、単刀直入に連絡先を聞かれ、それから猛烈なアプローチを受けたのだ。
「あの発表会には朝霧蓮もいたよな?」
別の同級生が口を挟んだ。
「確か、発表のBGMを作るのを手伝ってくれたはずだ」
私は一瞬戸惑い、記憶の底を懸命に探って、ようやくそんなことがあったと思い出した。
「そういえば、朝霧はあの頃から控えめだったよな。まさか今、あんなに成功するなんて誰も思わなかったよ」
その時、見慣れた人影が視界に入った。
「朝霧蓮?本当に珍しいお客さんじゃない。ちょうど今、あなたの噂をしてたのよ!あなたの会社、最近東証ですごいことになってるって聞いたわ!」
と一人の女子生徒が親しげに声をかけた。
朝霧蓮は入口に立ち、黒のシンプルなコートを身にまとっていた。彼は礼儀正しく説明する。
「ちょうど隣で投資家の方と少し話がありまして。旧友が集まっていると聞き、挨拶だけでもと思い立ち寄りました」
彼の視線が人混みの中を探し、やがて私と目が合った。
「夕」
凛がこっそりと私の腕をつねった。
「朝霧蓮、絶対あんた目当てで来たんじゃない?」
私は首を振って否定した。
「まさか。私たち、ここ何年も連絡取ってないもの」
「でも、あなたのコラムはずっと読んでるみたいよ。それは私、知ってるんだから」
凛はからかうように瞬きした。
飲み会が終わりに近づいた頃、凛が突然グラスを掲げた。
「朝霧君、夕のホテルって、あなたのアパートからだと帰り道でしょ?みんなお酒飲んじゃったし、彼女を送って行ってくれないかな?」
朝霧蓮は頷いて承諾した。
「いいですよ」
長年親友でいる凛のことだ。彼女の意図はすぐにわかった。
私は少し慌てたが、凛が耳元で囁いた。
「皆川霜介が外で女を作れるんなら、あんたが新しい章を始めて何が悪いの?あなたはもう『NOVA』の編集長なんだから、人生も新しいページをめくるべきよ」
「朝霧蓮は絶対にあなたに気がある。私にはわかる」
「私を信じて」
鬼が差したように、私は朝霧蓮に送ってもらうことに同意してしまった。
車内は、微妙な沈黙に包まれていた。
時折、仕事の話を少し交わすだけで、ほとんどの時間は無言だった。ホテルに着くと、私は心からお礼を言った。
「今夜は送ってくださって、ありがとうございました」
「いえ」
彼は短く応えたが、その視線はずっと私の上に注がれたまま、離れなかった。
しばしの沈黙の後、彼は静かに尋ねた。
「最近、いかがですか?」
私はかろうじて平静を保った。
「まあまあです。『NOVA』の運営が思ったより順調で」
彼は頷き、また沈黙が訪れた。
私が別れを告げようとした、その時。
「皆川霜介と、別れたそうですね」
と、彼が突然言った。
私は驚いて彼を見つめ、どう返事をすればいいのかわからなかった。
