第1章

 私が意識を失ったのは、クリニックの外で、ゴッドファーザーである夫・ロレンツォがあのエコー写真をあんなにも愛おしそうに口づけするのを見た瞬間だった。

 彼が見せた優しさのせいではない――写真の裏面に、彼自身の筆跡で書かれたあの一行を、ガラス越しに見てしまったからだ。

「マルコの息子。コルヴィーノ家の未来。二〇二四年十月」

 その瞬間、胸をハンマーで殴られたような衝撃が走り、呼吸が止まった。

 車のドアノブを強く握りしめ、必死に立っていようとしたのを覚えている。だが膝から力が抜け、視界が歪み、魂が体から引き抜かれたかのような虚脱感に襲われた。

 そして、世界が暗転した。

 目が覚めたとき、すでに十二時間が経過していた。深夜のことだ。

 マウントサイナイ病院のVIP病室。ベッド脇の椅子にロレンツォが座り込んでいる。その目は充血し、顎には青い無精髭が浮き、シャツは何度も手で握りしめたように皺だらけだった。

 彼がロシア人との三億円にも及ぶ武器取引の交渉を放り出し、モスクワから徹夜で飛んで帰ってきたのだと聞かされた。その交渉は、コルヴィーノ家の東欧における勢力図を左右する重要なものだったはずだ。

 それでも彼は帰ってきた。

 私のために。

 まるで四年前、私が初めて体外受精に失敗したあの夜のように。あの時も彼はシカゴの五大ファミリーとのサミットをキャンセルし、病院のベッドで私を抱きしめ、朝まで泣いてくれた。「ジョアンナ、君さえいてくれれば、俺たちはすべてを持っているのと同じだ」と言って。

 けれど今、同じ病室の同じベッドに横たわりながら、私は悟ってしまった――あの言葉はすべて、偽りだったのだと。

「ジョアンナ……」

 私の気配に気づき、ロレンツォが弾かれたように目を開けた。

「ああ、よかった! やっと目が覚めたか」

 彼が私の手を強く握りしめる。数え切れないほどの人間を葬ってきたその手が、今は小刻みに震えていた。

「何があったのか教えてくれ」彼は私の顔を覗き込み、荒い息を吐きながら、瞳に狼狽の色を浮かべて言った。「医者は、君が突然通りで倒れたと言っていた。通行人が通報してくれたそうだ。誰にやられた? 誰の仕業だ? 言え。俺の手でそいつを引き裂いてやる」

 血走った彼の目を見つめ返しながら、私の喉は何かが詰まったように熱くなった。

 あなたよ。私を壊したのは、あなたなのよ、ロレンツォ。

「医者は低血糖と過労だと言っている」彼の声は自責の念に満ちていた。「ジョアンナ、すまない。全部俺が悪いんだ。最近、展覧会の準備で無理をしていたろう。もっとそばにいてやるべきだったのに――」

 私は窓の外へ顔を背け、涙を見せないようにした。

 眼下にはハドソン川の夜景が広がり、水面が揺らめいている。かつて二人で何度も散歩した場所だ。ロレンツォはいつも言っていた。子供ができたら、あそこで鴨に餌をやろう、と。

 今、彼は確かに子供を授かろうとしている。

 ただ、私との子ではないけれど。

 三十六時間前の光景がフラッシュバックする――。

 私は車の中に身を潜め、ロレンツォがクラウディア――亡き兄マルコの未亡人――に付き添ってクリニックへ入っていくのを見ていた。

 四十分後、エコー写真を手に現れた彼は、満面の笑みを浮かべていた。

 私には一度も見せたことのない笑顔だった。

 純粋で、一点の曇りもない歓喜。

 他人の腹に宿った子のために。

 私たちは七年の結婚生活、四度の体外受精の失敗、クリニックで泣き明かした数え切れない夜を過ごしてきたが――彼が私にあんな表情を見せたことは、一度としてなかった。

「ジョアンナ、震えているじゃないか」私の異変に気づいたロレンツォが、優しく抱き寄せてくる。「どうしたんだ。何があったとしても、二人で立ち向かえばいい」

 彼のシャツから、嗅ぎ慣れない匂いがした――高価な妊婦用ハンドクリームの甘い香りと、病院の消毒液の臭い。

 胃の中で何かが激しく逆流した。

 私は彼を猛然と突き飛ばし、バスルームへ駆け込むと、便器にしがみついて吐き気をこらえた。

 ロレンツォが追いかけてきて、私の背中をさすりながら髪をまとめ、タオルを手渡してくる。普段は弱さや病気を何より嫌う冷徹なゴッドファーザーが、今は驚くほど辛抱強く私の世話をしていた。

「ゆっくりでいい。俺はここにいる」

 冷たいタイルに背を預け、私は彼の顔を見つめた。

 もしかしたら、誤解なのかもしれない。

 彼にはやむを得ない事情があるのかもしれない。

 クラウディアに脅されているのか、あるいは母親のマリアに強要されたのか、私の知らない組織の陰謀が絡んでいるのかもしれない。

 彼に弁明の機会を与えるべきなのかもしれない――。

「話があるの」私は顔を上げ、彼の目を見て言った。「私たちのことについて――」

 その時、ロレンツォの携帯電話が震えた。

 画面を一瞥した瞬間、彼の表情が凍りついた。

「少し外さなきゃならない」彼は立ち上がり、早口で言った。「緊急なんだ」

 心臓を鷲掴みにされたような痛みが走る。

「ロレンツォ――」

「すまない、ジョアンナ」彼は慌ただしく私の額にキスをした。その目は罪悪感に揺れていた。「母さんが俺を呼んでるんだ。すぐに戻る。二時間、いや、もっと早く戻るから」

「でも、あなたは約束したはずよ――」

「わかってる!」突然声を荒らげ、彼は自分の失態に気づいたように深く息を吸った。「ジョアンナ、わかっている。だが本当に緊急なんだ。戻ったら、ちゃんと話そう。何があっても、俺は君のそばにいる。誓うよ」

 そして彼は行ってしまった。

 またしても。私が一番彼を必要としている時に。

 私はベッドに戻り、虚ろに天井を見つめ続けた。

 二時間が過ぎた。

 三時間が過ぎた。

 夜明け前、私の携帯が震えた。

 知らない番号から、動画が送られてきた。

 画面の中には、病室のベッドサイドに座るロレンツォが映っていた。彼は片手でクラウディアの手を握り、もう片方の手を彼女のわずかに膨らんだ腹部に置いていた。

「怖がることはない。俺が君と子供を守る」

 クラウディアが弱々しく微笑み、彼の手の上に自分の手を重ねる。

 その光景はあまりにも温かく、穏やかだった。

 まるで、幸せな三人家族のように。

 私はその動画を見つめ、震える指で削除しようとした。

 七年の結婚生活だ。もう一度だけ、彼にチャンスを与えるべきかもしれない――。

 動画の下に添えられた一行のメッセージが目に入るまでは。

「見た? これが彼の大切な家族。あなたはただの飾り物よ。――クラウディア」

 七年前、私が初めて流産した時、ロレンツォは私の手を握って言った。「また子供はできるさ。君さえ生きていてくれれば、希望はある」

 今、ようやく理解した。

 彼が言っていた「子供」とは、一度として私たちの子供のことではなかったのだ。

 コルヴィーノ家の「継承者」のことだったのだ。

 私の手は無意識に自分の腹部へと滑った――そこには、ロレンツォが永遠に知ることのない秘密が宿っている。

 妊娠七週目。

 医師からは自然妊娠はほぼ不可能だと言われていた。卵巣機能の低下、虚弱体質、四度の体外受精の失敗。

 けれど、奇跡は起きた。

 彼が私を裏切っている、まさにその最中に。

 私立探偵から受け取ったUSBメモリは、まだハンドバッグの隠しポケットに入ったままだ。クリニックの防犯カメラ映像、ロレンツォが署名した出産契約書、銀行の送金記録――クリニックへ支払われた五十万円。

 クラウディアはすでに妊娠十四週目に入っているという。

 夫が私の知らないところでこんなことを進めていたなんて、私は何一つ知らなかった。

 携帯電話が手から滑り落ち、床にぶつかった。画面が砕ける音が響く。

 蜘蛛の巣状にひび割れた黒い画面に、蒼白な自分の顔が映り込んでいた。

 その瞬間、私は決めた。

 ここを出よう。

 ただの家出ではない。私は、消えるのだ。

 翌日の夕暮れ時、私は退院手続きを済ませた。

 ロレンツォからは「クラウディアの状態が安定した。すぐに迎えに行く」というメッセージが届いていた。

 私はこう返信した。「いいえ。ソフィーが迎えに来てくれるわ。あなたはクラウディアについていてあげて」

 一時間後、私はソフィーの車の助手席に座り、ブルックリンへと向かっていた。

 ソフィー――大学時代からの親友であり、今、私が唯一信頼できる人間だ。

 ブルックリンの静かな通りの奥にひっそりと佇む彼女の古書店は、この街で私が安心できる数少ない場所だった。

 私の表情を見て、ソフィーは何も聞かず、ただ熱い紅茶を出してくれた。

「ヨットの爆発事故を計画してほしいの」私は彼女の目をまっすぐに見つめて言った。「皆の目の前で、ジョアンナ・コルヴィーノは死ななきゃいけない」

 ソフィーはしばし沈黙し、やがて静かに口を開いた。「海上保険の調査員を十年やってたわ。ヨットの『事故』なら、嫌というほど見てきた」

 彼女は私の目を射抜くように見た。「ロレンツォ・コルヴィーノは、簡単に諦めるような男じゃないわよ」

「だからこそ、私が死んだと信じ込ませる必要があるの」私はそっと腹部に手を添えた。「四日後。所有船のベラ号で。私たちの結婚記念日に」

 ソフィーは深く息を吸い込み、ノートパソコンを開いた。

「わかったわ」

 その夜も、ロレンツォは病院でクラウディアに付き添っていた。

 私は一人、トライベッカにある別荘――かつて「家」と呼んだ場所――に戻った。

 リビングの壁には、七年間の私たちの思い出が飾られている。美術館での出会い、ブルックリンブリッジでのプロポーズ、教会の結婚式。私は一枚ずつ写真を外し、暖炉へと放り込んだ。炎が跳ね、幸せだった笑顔が熱に巻かれて黒く縮れていく。

 クローゼットへ向かい、私が彼のために選び抜いたネクタイやカフスボタンをすべて段ボールに詰めた。どれも、かつての私の愛情が込められた品々だ。彼への記念品として残していこう。二百万円の価値がある婚約指輪は、彼の書斎のデスクの中央に置いた。

 最後に、私は床から天井まである大きな窓の前に立ち、対岸できらめくハドソン川の灯りを眺めた。

 携帯が震える。

 ソフィーからの暗号化されたメッセージだ――「手配完了」。

 私は腹部を愛おしむように撫で、携帯の電源を切った。

 ガラスに映った自分の顔は蒼白で、まるで別人のようだった。

「三日後」私は静かに呟いた。「あなたはジョアンナ・コルヴィーノを失うことになる。永遠に」

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