第4章
沙良視点
それから数週間で、私の生活は一変した。
精神保健センターでは、もう隅っこに隠れているような女の子ではなかった。グループディスカッションに積極的に参加し、危機介入を手伝い、新人ボランティアの研修まで担当するようになった。佐藤先生は私の成長を頻繁に褒めてくれたし、他のボランティアたちも私を中心メンバーの一人として扱ってくれるようになった。
「沙良、本当に変わったよね」新しく友達になったさやかは言った。「初めて会ったとき、いつもおどおどしてたのに。今はすごく自信に満ちて話すもん」
私は小さく微笑んだ。ようやく人生が軌道に乗り始めたと思った矢先、思いがけない危機が訪れた。
その日の夕方、図書館から帰って二階へ上がろうとすると、階上から激しい口論が聞こえてきた。
「梨乃、話があるんだ!」武の声は怒りに燃えていた。
「今さら何の話よ?」梨乃の声は鋭く、耳障りだった。
私は一瞬ためらったが、廊下を通って自分の部屋に行かなければならないので、抜き足差し足で階段を上った。盗み聞きするつもりはなかった。
「今日、友達と食事したんだ。あいつらが、お前がどんな仕事をしてて、趣味は何なのかって聞いてきた。俺は何も答えられなかった!」武の声が大きくなる。「梨乃、見た目以外に、俺たちって何か話すことあるか? お前自身の考えってものはないのか?」
「考えなんて、どうして必要なの?」梨乃の声は侮蔑に満ちていた。「私は綺麗で、家柄もいい――それで十分じゃないの? あなただって、まさにそういうところを気に入って私と結婚したかったんでしょ?」
「頼むから、梨乃、自分の言ってることを聞いてくれ! お前はまるで空っぽの花瓶だ!」
「花瓶で何が悪いの? 少なくとも価値はあるわ!」
うそ.......私は廊下で呆然と立ち尽くしていた。これが私の知っている梨乃さん? あの誇り高く、自信に満ちていた姉が、自分を花瓶に喩えるなんて?
突然、ドアが勢いよく開いた。武が飛び出してきて、私とぶつかりそうになった。
「沙良? なんでこんなところにいるんだ?」彼は気まずそうに、吐き捨てるように言った。
「自分の部屋に戻るところです」
武は私を一瞥すると、かぶりを振って階下へ降りていった。
梨乃さんも部屋から出てきた。そこに立っている私を見て、その表情はさらに険しくなった。
「全部、聞いてたの?」
「そんなつもりじゃ.......」
「別に。今に始まったことじゃないわ」梨乃はドアの枠に寄りかかり、急に疲れ果てたように見えた。「沙良、完璧な女でいることが、どれだけ疲れるか分かる? 毎日、完璧なメイク、完璧な体型、完璧な笑顔を維持して。それなのに今になって武さんは、私には中身がないって言うのよ」
彼女は自嘲気味に笑った。「でも、小さい頃から、みんな私の見た目しか褒めなかった。私が何を考えてるかなんて誰も気にしなかったくせに。今になって意見がないって文句を言うなんて。それって、あんまりじゃない?」
私は何と言っていいか分からなかった。彼女を慰めたいと思った。だが、続く彼女の言葉が、私の同情心を一瞬で消し去った。
「まあ、いいわ。少なくとも私にはまだ頼れる見た目があるから」彼女は私を頭のてっぺんから爪先まで見下した。「見た目も才能もない、どこかの誰かさんとは違ってね」
胸が締め付けられた。こんなに弱っているときでさえ、彼女は私を見下さなければ気が済まないのだ。
「梨乃.......」
「もういい。あなたには分からないわ」彼女は鬱陶しそうに手を振ると、部屋に戻り、ドアを荒々しく閉めた。
私は廊下で、複雑な気持ちのまま立ち尽くした。
土曜の夜、さやかと買い物に行き、新しい服を買った。湖のような青いサンドレスで、私の肌の色に驚くほど似合っていた。以前は、自分をよけいに平凡に見せるだけだと思い、こんな色はとても着られなかった。でも今は、平凡は、醜いということじゃないと分かっていた。
ショッピングモールを出て、近くでコーヒーでも飲もうと話していると、通りの向こうからけたたましい音楽と叫び声が聞こえてきた。
「あそこの学生サークルのパーティーよ」さやかは一軒の家を指差した。「毎週土曜はいつもあんなにうるさいの」
そちらに目をやると、見慣れた人影――涼くんがいた。酔っているようで、焦点の定まらない目で、足元も覚束ない。
それよりも気になったのは、彼の隣に立つ直樹の姿だった。涼のルームメイトで、私はいつも彼に気味の悪さを感じていた。
突然、直樹がこちらを向き、通りの向こうにいる私に気づいた。彼の視線はすぐに奇妙なものに変わり、肌が粟立つような、剥き出しの眼差しで私を上から下まで嘗め回すように見た。
「沙良じゃんか!」涼が私を見つけ、ふらつきながらこちらへやって来た。「こんなとこで、なーにしてんだ?」
「友達と買い物。涼、大丈夫? なんだか――」
「絶好調だよ!」声は大きいのに、目はまったく焦点が合っていない。「こんなに気分がいいのは初めてだ!」
直樹がいやらしい笑みを浮かべて後からついてきた。「へえ、こいつがお前の妹の沙良ちゃんか。悪くないじゃん、特にそのワンピース」
彼の視線が再び私の上を這い回り、逃げ出したくなる。
「家に帰って休んだ方がいいと思う――」
「あんたは自分のことにだけ構ってろよ!」涼くんは突然、普段の彼とはまったく違う、意地の悪い態度になった。「お前には関係ないだろ!」
その態度に私は怯えた。「ただ心配してるだけなの.......」
「お前の心配なんていらない! 自分のことだけしっかりやれよ!」
さやかが私の腕を引いた。「沙良、行こう」
私は頷き、急いでその場を離れた。しかし、直樹さんの視線と涼くんの奇妙な態度は、私に不安の影を落とした。
日曜の夕食、家族はいつも以上に緊張した雰囲気で食卓を囲んだ。
梨乃は不機嫌で、皿の上の食べ物をただつついているだけ。武は夕食に来なかった。「急用」だそうだ。
「梨乃、どうしたの? 元気ないじゃない」母が心配そうに尋ねた。
「別に、疲れてるだけ」梨乃は素っ気なく答えた。
「武と喧嘩でもしたのか?」父が単刀直入に聞いた。「もうすぐ結婚式だぞ。今問題を起こすわけにはいかない」
「喧嘩はしてないわ。ただ……思想の違い、みたいなもの」
涼が怠そうに言った。「思想の違いってなんだよ? あいつ、お前がバカすぎるって思ったとか?」
「涼!」母が叱った。
「冗談だよ」涼は肩をすくめた。
高まる緊張感を見て、私は仲裁しようと試みた。「実際、どんなカップルにも考え方の違いはあるし、それは普通のことだよ。梨乃と武も、もっとコミュニケーションを取れば.......」
「あなたに何が分かるの?」梨乃が突然、私の言葉を遮った。「彼氏もいないくせに、私にアドバイスする権利がどこにあるのよ?」
食卓は静まり返った。
梨乃は、なおも私を憎々しげに睨みつけた。「少なくとも私には、求めてくれる人がいる。精神保健センターでしか自分の存在価値を見出せない、どこかの誰かさんとは違ってね」
以前の私なら、黙ってこの言葉に耐えていただろう。だが、今日は違った。私はフォークを置き、彼女の目をまっすぐに見つめた。
「ええ、私は精神保健センターで働いてる。助けを必要としている人たちを助け、命を救ってきたわ。そのことを、私は誇りに思ってる」
食卓の全員が凍りついた。
梨乃は鼻で笑った。「誇り? 沙良、あそこにいるのは精神に問題のある人たちでしょ。普通の人がそんな場所に行くわけないじゃない」
「あの人たちは、あなたが思うよりずっと勇敢よ」私の声は穏やかだったが、心は燃えていた。「自分の痛みに向き合い、助けを求め、自分自身を癒そうと努力している。見た目の裏に隠れて、現実から目をそらすより、ずっと勇敢だわ」
「今、なんて言ったの?」梨乃の表情が瞬時に変わった。
「本当の美しさは、見た目だけじゃないって言ったの。人の価値は、外見では決まらない」私は彼女を見た。「もしかしたら武の言う通りかもしれない。あなたも、自分の見た目以外に何があるのか、考える必要があるんじゃない?」
「沙良!」母が鋭い声で言った。「なんて口の利き方なの、お姉さんに対して!」
「どうして言っちゃいけないの?」私は初めて、母に真っ向から問い返した。「お姉さんは私の仕事を自由にけなして、私が助けている人たちを馬鹿にしてもいいのに、私は真実を口にしちゃいけないの?」
食卓の空気は一触即発だった。母の怒り、梨乃の衝撃、父の不快感を肌で感じた。
しかし、母が私を叱りつけようとしたまさにその時、涼が突然口を開いた。
「もういいよ、母さん。沙良の言う通りだ」
全員が驚いて彼を見た。
「梨乃は見た目以外のことも気にかけるべきだ。それに、沙良の仕事は意味がある。少なくとも、一日中何もせずにぶらぶらしてる俺たちよりはな」
母は口を開いたが、言葉が出てこなかった。
涼は私を見た。その瞳には複雑な感情がよぎっていた。「沙良は変わった。もう何も言えずに怖がってた、あの頃の小さな女の子じゃない。それはいいことだ」
私は驚いて涼くんを見つめ、思わず胸が熱くなった。しかし、梨乃の怒りに燃える表情を見て、これ以上対立を深めたくはなかった。
「ごちそうさま。もう部屋に戻るね」私は静かに立ち上がった。
階段に向かって歩きながら、様々な視線が自分に突き刺さるのを感じた。
だが今回は、もう彼らがどう思おうと気にしなかった。
