第3章

美咲視点

ハンドルを握る手が、どうしても震えが止まらない。私はもっと強く握りしめ、道路に集中しようと努めた。

「ママ、あのおじちゃん、すっごく優しかったね!また会える?」後から蘭の声が聞こえてくる。

「知らない人よ」自分の声だとは思えないほどか細かった。「きっと、もうすぐこの街からいなくなるわ」

「でも、私と同じ目をしてたよ!ママも見た?」

見たに決まっている。あの灰青色の瞳は、私の記憶に焼き付いている。忘れるために三年間も費やしたのに、まるで時が止まっていたかのように、フラワーマーケットの向こうから私を見つめていた。

「それはただの偶然よ」

お願い、蘭。お願いだから、もうあの人の話はやめて……

家の私道に車を入れる頃には、吐き気に襲われていた。私は真理に蘭を押し付けるように預け、「頭が痛いの」とかなんとか呟くと、誰かに質問される前に寝室に駆け込んで鍵をかけた。

ベッドの端に沈み込むように座り、両手で顔を覆う。望もうと望むまいと、涙が溢れてきた。

見つかってしまった。三年間、逃げて、隠れて、私と蘭のためにこのささやかで安全な生活を築き上げてきたのに。よりにもよって、あのバカ蓮司が、さも当然の権利でもあるかのように、私の世界に舞い戻ってきたのだ。

そして、ああ、最悪なのは、彼を見た瞬間の自分の体の反応だった。心臓が跳ね、息が止まった。馬鹿みたいに、ほんの一瞬、自分がなぜここを去ったのかを忘れてしまっていた。

だめ。やめなさい。あなたは理由があってここを出たの。なぜ逃げたのか、思い出すのよ。

三年間、必死に押し殺してきた記憶が奔流のように蘇り、もう止めることはできなかった。

桜峰ペントハウスでの三年間。最初は、自分はなんて幸運なんだろうと思っていた。水漏れのする蛇口があった狭いワンルームから、街を一望できる床から天井までの窓がある蓮司の豪華なマンションに引っ越して。まるで現代版シンデレラにでもなった気分だった。ただ、王子様がプロポーズしてくれることは決してなかったけれど。

毎晩、おままごとのように過ごした。夕食を作り、彼が仕事から帰ってくるのを待ち、あの大きなダイニングテーブルで向かい合って食事をする。他愛もない話をした。彼は花屋のことを尋ね、私は彼の一日のことを尋ねる。時々、彼が皿洗いを手伝ってくれることもあった。

彼なりに、私に良くしてくれた。私がコーヒーをフォーム多めで飲むことを覚えていてくれた。お店のシンクが壊れた時も、業者を呼ばずに自ら直しに来てくれた。ひどい風邪をひいた夜には、夜中の二時に救急外来へ車で連れて行ってくれて、医者が大丈夫だと言うまでそばを離れなかった。

でも、彼は一度も「愛してる」とは言ってくれなかった。三年間、ただの一度も。

大したことじゃない、と自分に言い聞かせ続けた。行動で示してくれているのに言葉まで欲しがるなんて、私は欲張りなんだ、と。もっと多くを求めるのではなく、今あるものに感謝すべきなんだ、と。

そんな時、あのクリスマスパーティーがあって、自分がどれだけ馬鹿だったかを思い知らされた。

蓮司が私を連れて行くと言ってくれた時、すごく興奮した。これは進展だ、彼のマンションに住んでいるだけの女じゃなく、もっとちゃんとした存在として私を披露する準備ができたのかもしれない、って。自分を綺麗に見せてくれるシルバーのドレスを着て、その時ばかりは、私たちも本物のカップルに見えるんじゃないかと思った。

それから、化粧室に行って、彼女たちの話を聞いてしまった。

「彼女、伊織さんにそっくりじゃない?」

「ほんとよね。髪も、目も。自分がただの代役にすぎないなんて、夢にも思ってないんでしょうね、可哀想に」

「時間の問題よ。伊織さんがパリから帰ってきたら、あの子はすぐにお払い箱だわ」

会ったこともない女たちが私の哀れさを笑うのを、私は化粧室の個室で凍りついたまま聞いていた。やっとのことで気を取り直して外に出ると、バーのそばにいる蓮司を見つけ、単刀直入に訊いた。私は彼の元カノの代わりなのか、と。

彼はひどく静かになった。そして、こう言った。「君は君だ」と。

それだけだった。「愛してる」でもない。「彼女とは全然違う」でもない。ただ、すべてを肯定するも同然の、曖昧な答えにもならない答え。

あの時すぐに立ち去るべきだった。翌朝には荷物をまとめて出て行くべきだった。でも、そうしなかった。彼を愛していたから。もっと頑張れば、もっと辛抱強く待てば、いつか彼も同じ気持ちになってくれるかもしれない、なんて思い続けていたから。

笑わせる。

三ヶ月後、生理が来なかった。さらに一週間、また一週間と過ぎて、私はついに店からの帰り道に妊娠検査薬を買った。

店の裏にある小さなトイレに座り、二本の線が浮かび上がるのを見ながら、笑えばいいのか泣けばいいのか、本気で分からなかった。心の片隅では怯えていた。でも、もう一方では、これで何かが変わるかもしれない、と考えていた。蓮司は喜んでくれるかもしれない。赤ちゃんがいれば、私たちが演じてきただけの関係じゃなくて、本物の家族になれるかもしれない、と。

アヒルのついた黄色い小さなベビーシューズを買った。もうすぐ彼の誕生日だったから、サプライズにしようと思った。箱を開けた時の彼の顔を想像した。私を抱き寄せて、嬉しい、二人でなんとかしよう、と言ってくれる姿を。

でも、彼の誕生日の一週間前、鍵を取りにマンションに立ち寄った時、書斎で電話をしている彼の声を聞いてしまった。

彼の母親の恵子の声はとても大きくて、廊下にいてもほとんど聞き取れた。「伊織さんがようやく戻ることに同意してくれたわ。取締役会も婚約の見通しが立って大変喜んでいるのよ」

私は壁に身を押し付けた。無意識のうちに、手がお腹に置かれていた。

「仕事のために誰かと結婚するつもりはない」

間があった。そして、恵子の声が冷たくなった。「お前が囲っているあの子はどうするの?言っておくわよ、蓮司。どこの馬の骨とも知れない女に、篠原家の最初の跡継ぎを産ませるわけにはいかない。もしあの子が妊娠したら、どうしなければならないか分かっているわね」

その後の沈黙は、永遠に続くかのように感じられた。私は息もできずにそこに立ち、彼が私を守ると、私や私たちの赤ちゃんを誰にも傷つけさせないと、そう言ってくれるのを待っていた。

代わりに、彼はこう言った。「分かっています」

前のチャプター
次のチャプター