第59章

香椎早希の声はふわりと軽く、胸の奥を掻くようにむず痒かった。

彼女は身を翻し、つま先はすでに階段の一段目にかかっている。

「香椎早希」

雲雀京介が、もう一度呼び止めた。

早希は足を止めたが、振り返らない。背中を向けたまま、次の言葉を待つ。

雲雀京介は一歩、また一歩と背後へ近づく。近すぎて、外から持ち帰ったほのかなアロマの匂いが鼻をかすめた。

レストランの空気を、まだそのまま纏っている。

「仕事、無理するな」

声は低く押し殺され、恋人のささやきみたいに甘い。けれど、その奥に別の含みが滲む。

「心配してるだけだ。身体が一番だろ。特に……まだ、完全に戻りきってないんだから」

香...

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