第1章
飛鳥視点
「渡辺飛鳥! 一体何をやってるんだ!」
私ははっと顔を上げた。目の前には、怒りに燃える匠海さんの目があった。
また始まった。このクソ暴君が。
青木匠海。私の直属の上司で、三ヶ月前にうちに天下りしてきたクリエイティブディレクター。二十九歳、名門大学のMBA持ち、高身長、イケメン。そして、完全なるクソ野郎だ。
「青木さん、デザインコンセプトについてご説明さ――」
会議室にいる二十人以上の同僚の視線を感じながら、私は平静を保とうとした。
「説明だと?」彼は鼻で笑った。「お前はS社のプロジェクトをすでに三回も台無しにしている。今更何を説明することがある?」
「今回のレトロ調のデザインは、S社のブランドイメージにより合っているかと――」
「レトロ?」匠海さんは私の言葉を遮り、プロジェクションスクリーンへと歩み寄った。「これがレトロか? それともただの時代遅れか? クライアントがこんな……小学生レベルのガラクタに金を払うとでも思ってるのか?」
顔がカッと熱くなる。「青木さん、最後まで聞いていただければ――」
「最後まで聞いて何になる?」彼は私の方へ向き直り、整った顔を皮肉に歪ませた。「堅実なビジネスプロジェクトを、どうやって自分のアート展に変えたか説明するつもりか?」
部屋のあちこちでひそひそ話がさざ波のように広がった。
「私はただ、より良いものをと――」
「『やろうとした』じゃない!」匠海さんの声が鋭く響いた。「三ヶ月だ、飛鳥! 三ヶ月だぞ! お前の仕事は回を重ねるごとに酷くなってる!」
私は歯を食いしばった。「それは、青木さんが一度もちゃんと説明する機会をくださらな――」
「機会だと?」彼は大股で近づき、私の頭上から見下ろした。「俺が今まで何度チャンスをやった? お前はこっちのフィードバックをことごとく無視するじゃないか!」
「フィードバックがいつも曖昧だからです――」
「曖昧?」匠海さんは嘲笑した。「『これじゃ売れない』『クライアントは気に入らない』――これ以上に明確な言葉があるか? それとも、ビジネスのイロハから手取り足取り教えてほしいとでも言うのか?」
頭に血が上った。「青木さん、私はC市芸術大学を卒業して――」
「芸大だと?」彼は冷たく笑った。「なら説明してみろ。なぜお前は『金』の稼ぎ方が分からない? もしかしたら、この業界に向いているかどうか、考え直した方がいいんじゃないか!」
平手打ちを食らったような衝撃だった。私はこの会社で、自分を証明するためだけに、誰よりも早く来て、誰よりも遅く帰る、そんながむしゃらな働き方をしてきた。なのに、この傲慢な男は私のプロとしての能力を疑っている?
「少なくとも私の仕事には創造性があります!」私は叫ぶように立ち上がった。「古いやり方を使い回してるだけの人とは違います!」
匠海さんの目がすっと細められた。「何だと?」
「あなたには創造性が理解できないって言ったんです!」もうどうでもよくなっていた。「時代遅れのガラクタをコピーしてるだけじゃないですか!」
「てめえ――」
「あなたのアイデアなんて石器時代レベルよ!」
匠海さんの顔が怒りで真っ赤になり、こめかみがピクピクと痙攣した。会議室全体が水を打ったように静まり返り、誰もが息を呑んでいる。
次の瞬間、彼が私のデスクに歩み寄り、デザイン案を掴むのが見えた。
「やめ――」
ビリッ――。
三日三晩の私の血と汗と涙の結晶が、皆の目の前でビリビリに引き裂かれた。紙片が雪のように舞い落ち、その一枚一枚が私の無力さを嘲笑っているかのようだった。
クソッ! もう我慢の限界だった!
「いい加減にしろう!」私は彼を睨みつけた。「リーダーにふさわしいかどうか考え直すべきなのは、あなたの方じゃないか! 本当のリーダーは、自分を誇示するために部下を辱めたりなんかしない!」
匠海さんは凍りついた。これほど激しい反撃は予想していなかったのだろう。
「あなたの頭は石器時代のままなんだよ!」私の怒りは止まらない。「その管理スタイルは、ただのパワハラよ!」
完全な沈黙。
会議室は、エアコンの作動音だけが聞こえるほど静まり返っていた。匠海さんの顔は、怒りの赤からサッと血の気が引いて青白くなっていた。
「……分かった」彼の声は氷のように冷たかった。「そこまで才能がおありなら、今夜は残業だ。俺が満足するものを上げてこい。さもなければ……」
彼は最後まで言わなかったが、その脅しは明白だった。C市の広告業界で青木匠海にクビにされることは、事実上、キャリアの終わりを意味するのだ。
「会議は終わりだ」
彼はそう言い放つと背を向け、部屋を出て行った。床に散らばった紙片の真ん中で、私は心臓をバクバクさせながら立ち尽くしていた。
「す、すごい度胸でしたね、飛鳥さん!」
会議の後、新人のインターンである久保田翔太くんが、尊敬の眼差しで熱いコーヒーを差し出してくれた。
「度胸?」私は力なく笑った。「ただの狂人だったと思うけど」
「そんなこと言わないでくださいよ」翔太くんは真剣な顔で言った。「飛鳥さんのデザイン、すごく良かったです。色使いもフォントも、本当にクリエイティブで。匠海さんが……厳しすぎるだけですよ」
「厳しい?」私はコーヒーを噴き出しそうになった。「クソ野郎ってこと?」
「うーん……『完璧主義者のサイコ』の方がしっくりくるかも?」翔太くんはにっと笑った。
私たちは二人で笑い、少しだけ緊張がほぐれた。休憩室の入り口を、さらに暗い表情をした匠海さんが通り過ぎるまでは。
あの眼差しは、二人まとめて殺せそうだった。
それからの三日間は、地獄そのものだった。
毎晩十時になると、オフィスには警備員と私だけが残された。私はコンピューターに向かってデザインを修正し、ひたすらコーヒーをがぶ飲みし、目は疲労で真っ赤に充血していた。
匠海さんはご丁寧に、数時間おきに進捗を確認しては、その毒舌で私の仕事をこき下ろしていった。
「色が派手すぎる」
「フォントが子供っぽい」
「全体的にプロの仕事に見えない」
水曜の夜、私はついにキレた。「一体どうしろって言うんですか!?」
彼はタイピングの手を止め、私をじっと見つめた。「人前に出せるものが欲しい。芸大の課題じゃないんだ」
「じゃあ、ご自分でやればいいじゃないですか!」私は完全に爆発した。「どうせ私がやることは全部ダメなんでしょうから、あなたがやればいいじゃないですか!」
匠海さんはあまりにも長く私を見つめていたので、今この場でクビにされるのだと思った。
「なぜなら」彼はようやく口を開いた。「これは、お前の仕事だからだ」
そう言って彼は去っていき、がらんとしたオフィスに一人残された私は、自分の存在意義を問い詰める羽目になった。
その週末、私は疲れ果てた体を引きずってC市骨董市場へ向かった。
ここは私の秘密の聖域。人生に追い詰められるたびに、私は癒やしを求めてここに来る。古い物には不思議な力があった。自分の悩みなんて、歴史という雄大な川の流れの中に浮かぶ、ちっぽけなさざ波みたいに感じさせてくれるからだ。
「お嬢ちゃん、どうやら幸運が必要なようだね」
白髪の老人が、露店の後ろから何か小さなものを手に現れた。
それは、年代物のテディベアのチャームだった。拳ほどの大きさで、茶色い毛皮は少し色褪せているけれど、瞳だけはキラキラと輝いている。胸にボタンが二つ付いた小さなベストを着ていた。
「おいくらですか?」と私は尋ねた。
「4500円」老人はミステリアスに微笑んだ。「このクマは、幸運を呼ぶんだよ」
私は財布を取り出した。迷信だろうとなんだろうと、今の私には藁にもすがる思いだった。
月曜の朝、私はそのクマを携帯の飾りにぶら下げた。
匠海さんは九時きっかりにオフィスへ入ってきた。彼は私のデスクに積まれた修正案の山を無表情で一瞥すると、今日のタスクを割り振り始めた。
「P社のプロジェクトはコンセプトを三案。午後二時までに初期ドラフトを出すように。それから、J社のブランド再構築だが……」
私は携帯から揺れる小さなクマを神経質に撫でながら、今日こそはこき下ろされませんようにと、心の中で静かに祈った。
すると、奇跡が起こった。
匠海さんが、突然口を閉ざした。表情が、おかしい。無意識に手が胸元へ。そして――顔を、赤らめた?
彼の顔が、本当に真っ赤になったのだ!
私は疲労で幻覚を見ているのかと思い、ごしごしと目をこすった。だが、違う。あの冷酷で、容赦なく、毒舌な上司、青木匠海が、今まさに十八歳の純真な少年みたいに顔を赤らめている。
「お、俺はオフィスにいる」彼は唐突に踵を返し、ガラス張りの自室へとほとんど逃げるように姿を消した。
私は手の中の小さなクマと、固く閉ざされた匠海さんのオフィスのドアを交互に見た。
これって……あまりにも、出来すぎた偶然じゃない?
