第2章

飛鳥視点

翌朝、私は携帯電話についたくまのチャームを見つめながら、高鳴る心臓を抑えきれずにいた。

昨日の光景はあまりにも奇妙だった。あの冷血動物の匠海が、顔を赤らめるなんて? しかも、私がくまを撫でていた、まさにその瞬間に?

偶然に決まってる。そう、絶対に偶然。

でも……もし、違ったら?

エレベーターのドアがゆっくりと開き、私は深呼吸をして乗り込んだ。通勤ラッシュのエレベーターは満員だ。匠海は一番奥の隅で、無表情にスマホを見つめている。

もしかして……ちょっとした実験をしてみるべき? なんて、自分でもどうかしているとは思う。ただのくまのぬいぐるみが、生身の人間と神秘的な繋がりを持つなんて、あり得るわけないのに。

私はバッグの中身を整理するふりをして、数秒ためらった後、慎重にスマホを取り出した。まあいいか、これは……科学的検証、ってことにしよう。

私はそっと、くまのふわふわした背中を撫で始めた。

三秒……二秒……一秒……

匠海さんが、突然体を硬直させた!

彼の呼吸が荒くなり、青白い頬が上気していくのが見えた。まるで感電したかのように、全身をエレベーターの壁に押し付けている。

マジか! これ、本当に偶然なんかじゃなかったんだ!

「青木さん、大丈夫ですか?」営業部の上戸さんが心配そうに振り返る。「なんだか……様子がおかしくないでしょうか?」

「平気だ……」匠海さんの声はかすれていて、必死に平静を装っているのがわかる。「ただ、少し息苦しいだけだ」

私の心臓が雷のように鳴り響く中、指はくまの耳を撫で続ける。匠海の喉仏がごくりと動き、スマホを握る指の関節が白くなっていた。

チーン――。

エレベーターのドアが開くと、彼はほとんど飛び出すようにして降りていき、困惑する同僚たちを後にした。

「変なの、いつもの青木さんらしくないわね……」上戸さんは、彼の慌ただしい背中を訝しげに見送った。

私は何事もなかったかのように振る舞ったけれど、心臓は胸から張り裂けそうだった。

一体全体、どうなってるの!? 本当に、何か超自然的な繋がりがあるっていうの?

午前十時、クライアントの会議室。

T社の田中社長が会議テーブルの上座に座り、匠海さんがプロジェクトのプレゼンテーションを行っていた。これは7500万円規模のクライアントで――絶対に失敗は許されない。

私は隅の席に座り、くまのチャームがついたスマホを固く握りしめた。

もし本当に神秘的な繋がりがあるのなら……こんな重要な場面では、匠海も反応を隠すのがもっと難しくなるはずだよね? でも、これって意地悪すぎるかな?

まあいい、もう一度だけ確かめたい。

「我々の戦略的焦点は、統合マーケティングアプローチを用いて……」匠海さんは自信たっぷりに話している。その自信に満ちた態度が、なぜか無性に腹立たしかった。

私はそっと、くまの背中を撫で始めた。

「……ブランドの……その……」匠海が突然言葉に詰まり、顔がみるみる赤くなっていく。

密かな勝利感に浸りながら、私はさらに力を込めて、指先でくまの小さなお腹を軽く押した。

「ターゲット層は……」匠海はごくりと唾を飲み込む。「我々のターゲット……ターゲットは……」

「ターゲット層?」田中社長が訝しげに眉をひそめる。「匠海くん、今日はどうしたんだね?」

「申し訳ありません」匠海さんは平静を装うが、額に薄っすらと汗が浮かんでいるのがはっきりと見えた。「つまり、我々のターゲット層の位置づけは、二十五歳から四十歳の都市部のプロフェッショナルで……くそ……」

最後の一言は小さかったが、私の耳にははっきりと届いた。

「なんだって?」田中社長はさらに戸惑った表情を見せた。

「あ……ライフスタイルです!」匠海さんは慌てて訂正した。「質の高いライフスタイルです!」

思わず笑いがこみ上げてくるのを、必死でこらえた。いつも威張り散らしているあのクソ野郎が醜態を晒すのを見るのは、最高に愉快だ!

その後、匠海さんはすぐに立て直し、プレゼンテーションは滞りなく終了した。最初のつまずきを除けば、彼は完全にプロフェッショナルな水準を取り戻していた。

会議が終わり、田中社長は満足げに帰っていった。

私は手の中のくまを見つめ、複雑な心境だった。匠海さんの反応はすぐに消えた――もしかして……もっと検証が必要?

午後三時、私がデスクでこの奇妙な現象について考え込んでいると、久保田翔太がコーヒーを持って近づいてきた。

「飛鳥さん!」彼の笑顔は太陽のように眩しい。「お疲れ? ラテ、淹れてきたよ」

「ありがとう、でもいらない……」私は無意識にスマホをかばった。

「うわ、この小さなくま、すごく可愛いね!」翔太の視線はすぐにそれに引きつけられた。「ヴィンテージ風? クラシックな感じでいいなあ――触ってもいい?」

「だ、だめだめだめ!」私は慌てて止めようとしたが、もう遅かった。

翔太はすでに手を伸ばし、くまの頭に触れ、優しく撫でさえした。

私は緊張しながら匠海さんの方を見た――彼は休憩室で電話をしており、まったく落ち着いていて、何の異常な反応も示していない。

どういうこと? なぜ何の反応もないの?

「どうしたの?」翔太は不思議そうに私を見る。「ただの可愛いくまだよ……」

「なんでもない」私は無理に笑みを作った。「ただ……すごく大事にしてるの」

翔太は肩をすくめて手を離した。私の混乱は深まるばかりだ。もし本当に神秘的な繋がりがあるのなら、なぜ翔太が触った時には匠海さんは反応しなかったのだろう?

もしかして……この繋がりは、私にしか作用しない?

翔太が他の用事を済ませに去った後、私は考え深げにくまを見つめた。自分の仮説をさらに検証するため、私は匠海さんの反応を密かに観察しながら、指をくまの身体の上で這わせ始めた。

最初はすべてが正常に見えた。

しかし、気づかないうちに、私の指が偶然にも特別な場所に滑り込んでしまった――くまの両足の間だ。

突然――

「クソッ!」

匠海さんの罵声が、オフィスエリア全体に響き渡った。顔を上げると、彼のコーヒーマグが床に叩きつけられ、熱いコーヒーがそこら中に飛び散っているのが見えた。

私は自分が今どこに触れたのかを瞬時に悟り、顔がカッと熱くなる。

なんてこと! 私、今……あそこに触っちゃった!?

休憩室に立つ匠海さんは、高熱でも出したかのように顔を真っ赤にし、まるで雷に打たれたかのように立ち尽くしている。呼吸は速く、手は目に見えて震えていた。

「匠海さん! 大丈夫ですか?」アシスタントの中村理恵がすぐに心配して駆け寄る。

「平気だ、ただ……」匠海さんの声は張り詰めている。「手が滑った」

私は急いで手を離して頭を下げ、熱心に仕事をしているふりをしたけれど、顔は燃えるように熱かった。あの「偶然の接触」には死ぬほど恥ずかしい思いをしたけれど、一つの事実は認めざるを得なかった――

これは絶対に、偶然なんかじゃない!

このくまは、本当に青木匠海と神秘的な感覚の繋がりを持っている。そして、私の接触だけが、この繋がりを起動させられるのだ。

休憩室を盗み見ると、匠海さんはコーヒーの染みを拭きながら屈み込んでいて、その手はまだわずかに震えていた。幸いなことに、原因となった張本人がすぐ近くに座っているとは夢にも思っていないだろう。

私はスマホを固く握りしめ、無数の可能性が頭の中を駆け巡った。

これはどういう意味? 私はどうすればいい?

大胆な考えが浮かび、興奮と恐怖で体が震えた。

もし私がこのくまを操れるなら……青木匠海を「操れる」ってことじゃない?

私の人生を地獄に変えた、あの傲慢で、見下したような態度で、口の悪いクソ上司が、今や致命的な弱点を抱えている。そしてその弱点は、完全に私の手の中にある!

これって、最高にヤバい!

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