第3章

夕暮れ時、藤原村矢は時間通りに明治大学の門前に現れた。

遠くから、彼がその控えめながらも高級感のある黒いセダンに寄りかかっているのが見えた。銀座の灯りが、彼の横顔を照らし出している。今日は濃紺のスーツを身にまとい、シャツの襟元をわずかに開けて、さりげない優雅さを漂わせていた。

「待った?」

近づいて、そっと尋ねる。

「今着いたところだよ」

彼は微笑んで私のバッグを受け取ると、もう片方の手でごく自然に私の手を握った。

道中、彼は最近六本木で開かれた浮世絵の展覧会について、珍しく興奮した口調で語った。私は静かに耳を傾けながら、昨夜のあの重々しい二通の契約書のことを考えていた。まだサインもせず、机の引き出しにしまったままだ。

車は銀座にある最高級の料亭の前で停まり、ドアマンが恭しく私たちを迎えた。

ロビーに入った途端、村矢の携帯が突然鳴り響いた。

彼は画面を一瞥すると、表情をわずかに変え、一瞬ためらってから電話に出た。

「先に入ってて。電話してくる」

彼は私の手を離し、レストランの外にある庭の方へ歩いて行った。

私は給仕に案内され、上品な個室へと通された。すでに村矢の友人たちが何人か集まっていた。

私が一人で入ってきたのを見ると、彼らの会話は一瞬途切れ、そしてまたすぐに賑やかさを取り戻した。

「村矢は?」

中島隆志が尋ねながら、私に清酒を一杯注いでくれた。

「外で電話中です」

私は微笑んで答え、彼らが空けてくれた席に座った。

「ああ、萌花からでしょ」

と、ある女性の友人が、さも当然といった口調で言った。

私の指が微かにこわばる。しかし、顔の笑みは崩さなかった。

「萌花さん、来週ニューヨークから帰ってくるそうですよ」

と、眼鏡をかけた別の男性が言った。

「ええ、今回の海外プロジェクト、見事にやり遂げたみたい」

と、先ほどの女性の友人が話を継ぐ。

「なんだかんだ言っても、村矢さんの隣に一番ふさわしいのは、やっぱり萌花さんよね」

彼らは私の存在を忘れたかのように、会話を続けた。

私は静かに座っていた。まるで自分が部外者で、このエリートたちの輪にも、ましてや藤原村矢の世界にも属していないように感じられた。

十分ほどして、村矢が戻ってきた。彼の顔色はあまり良くなく、眉をひそめ、無意識に指で太もものあたりを叩いていた。

しかし、私の姿を認めると、表情はすぐさま切り替わり、口元に優しい笑みが浮かんだ。

「ごめん、待たせたね」

彼は私の隣に腰を下ろし、自然に肩を抱いた。

「ううん、大丈夫」

と私は小声で答える。これが、私たちにとって最後の、こんな親密なひとときになるのだろうと思った。

料理が次々と運ばれてくる。村矢は、私が好きな料理を特別に手配してくれたようだった。デザートの時間になると、彼は伝統的な日本の誕生日の和菓子を一緒に切ろうと誘ってきた。その上には、淵萌花と浮世絵風の図案が精巧に彫られていた。

「食べてみて。君のために特別にオーダーした味だから」

彼は優しく言った。

一口だけ味わってみる。甘すぎず、確かに私の好みに合っていた。しかし今、このデザートは口の中で味気ないものに変わってしまった。

私は密かに決意した。この会が終わったら、別れを切り出そうと。

誰かの代用品になんて、なりたくない。

その時だった。一人の給仕が美しい木箱を盆に乗せて入ってきて、恭しく村矢に差し出した。

「藤原様、ニューヨークから空輸されたお品でございます。佐々木様より、今晩必ずお渡しするようにと申しつかっております」

個室の空気が、微妙に変化した。村矢は箱を受け取ると、少し躊躇してからそれを開けた。中に入っていたのは、限定版の日本の手作り腕時計だった。藤原村矢がこよなく愛する、伝統工芸のブランドのものだ。

「萌花は本当に君のことをよく分かってるな」

中島が笑いながら言った。

「お前、このシリーズを集めたいってずっと言ってたもんな」

村矢は答えず、ただ静かに文字盤を撫でていた。

その瞬間、私も誕生日のプレゼントに腕時計を贈ったことを、ふと思い出した。

二ヶ月分の奨学金をはたいて買ったもので、佐々木萌花の贈り物には到底及ばないけれど、心を込めて選んだものだった。

村矢は私が贈ったプレゼントを一瞥し、礼儀正しく感謝を述べると、給仕にそれを片付けさせた。それなのに、佐々木萌花の時計は、そのまま自分の腕に着けたのだ。

誰かが写真を撮ってLINEグループに投稿し、佐々木萌花は本当に村矢のセンスを理解していると褒めそやした。

私はそこに座り、自分がまるで透明人間になったかのように感じた。

さらに心が冷えたのは、村矢の従妹が、何気なく私に携帯のLINEグループのトーク画面を見せてきたことだ。

「淵萌さん、見て。萌花お姉様もグループにいるんですよ。ずっと村矢お兄様のことを気にかけてて」

画面の中では、佐々木萌花が丁寧語の中に親しみを込めた口調で藤原村矢の近況を尋ねており、伝統的な和紙のカードの写真まで添えられていた。その筆跡は、まるで書道のように優美だった。

私がスマホの画面をじっと見つめているのに気づくと、村矢の表情が急に慌ただしくなり、人混みの中から私の姿を探した。

私たちの視線が空中で交錯する。私は無理に微笑んで、彼の誕生日を祝った。

しかし彼は、もう先ほどのように特製の和菓子を一緒に分け合おうとは誘ってこなかった。

宴会が終わる頃には、藤原村矢はかなりの清酒を飲んでおり、頬を赤らめ、友人たちに支えられてエレベーターへと乗り込んでいった。私は後を追わず、レストランの入口に立ち、東京の夜景にきらめくネオンを眺めていた。

このまま帰ろうと決めた。

別れ話は、必ずしも面と向かって切り出す必要はないだろう。それに、明日の朝、彼が目を覚まして私の不在に気づけば、きっとすべてを察してくれるはずだ。

「神崎さん、待ってください」

中島隆志が追いかけてきて、ホテルのルームキーを一枚差し出した。

「村矢が最上階のスイートで待ってます」

私の胸に、様々な感情が渦巻いた。私たちが知り合ったその日から、中島は合コンのたびに、私が藤原村矢の一時的な彼女に過ぎないと仄めかしてきた。そして今夜、彼はもっとはっきりとこう言ったのだ。

「淵萌さん、あなたは萌花さんと『雰囲気が三分似ている』だけで、藤原家に正式な伴侶として受け入れられることはない」

手の中のルームキーを見つめる。雨の中の出会いの夜を、明治神宮前の淵萌花の雨を、彼が私のために描いてくれた浮世絵を思い出した。

夜風が少し肌寒い。私は深く息を吸い込むと、ルームキーを受け取ることなく、背を向けた。

声は冷たく、何の温度もなかった。

「彼に伝えて。私と彼は、これで終わり。これから先は、もうないって」

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