第2章

深夜の神代邸は、水を打ったように静まり返っていた。

私は主寝室の布団に身を縮こませ、時臣が隣の書斎で電話に出る声に耳を澄ませていた。

彼の声は低く穏やかで、障子越しにもはっきりと聞き取ることができる。

「確認したか」

と、彼は一切の感情を排した声で尋ねた。

「ならば、海にでも捨てておけ」

私の心臓が、どくんと大きく跳ねた。

「どこへ逃げようと、必ず探し出せ」時臣は続ける。「神代家を裏切った者は、どこへ行こうが無駄だ!」

私は息を殺し、物音ひとつ立てられなかった。その瞬間、自称私の守護者のお守りの警告が、脳内で雷鳴のように轟いた。

神代時臣は悪役だ。その深謀遠慮は底知れず、手段は冷酷非情。

ついに私は、その証拠を自らの耳で聞いてしまったのだ。

時臣の足音が遠ざかるのを待ち、私はすぐに布団から身を起こすと、震える手でお守りを取り出した。

「聞いたでしょう?」

私は下唇を噛みしめる。

「だから、もし私が迂闊に彼の元を離れたら……」

「恐らく梨花様も、同じ運命を辿ることになるでしょう」

お守りの光が、微かに瞬いた。

私は、とある俺様社長系のライトノベルに転生し、あろうことか悪役組織のボスの彼女になってしまった。そして今、私はここに留まることも、軽率に去ることもできない。

「どうすればいいの?」

私は膝を抱える。

「彼が私に飽きて、自分から別れを切り出してくれるのを待つしかないの?」

お守りの光が数度、点滅した。

「彼の方から関係の終わりを切り出させれば、梨花様は安全かもしれません。さもなくば」

「でも、どうやって?」

私は必死に考えを巡らせる。

「どんな彼女なら、男の方から別れたいって思うかしら?」

お守りはしばし沈黙した。

「いっそ、拝金主義の女を演じてみては? 男は皆、金にがめつい女が嫌いなものでしょう」

私は物思いに耽った。拝金主義の女、ね。でも神代時臣は財閥の御曹司だ。お金に対しては、そこまで敏感じゃないんじゃないだろうか?

とはいえ、試す価値はある。

ネットで見たことがある。男は彼女が物好きであることは受け入れられるが、彼女から積極的にねだられるのは受け入れられない、と。

私が作戦を練っていると、そっと襖が開き、時臣が入ってきた。

彼はすでに寝間着に着替えており、その姿は先ほど冷酷な命令を下していた人物とはまるで別人のように、優しく穏やかに見えた。

「まだ起きていたのか」

彼は私の隣に腰を下ろし、優しく髪を撫でると、身を乗り出して私の額にキスをした。

私は不安をぐっとこらえ、彼の胸に寄りかかる。

「時臣君、さっき怖い夢を見たの……海に落ちる夢……」

彼の動きが、僅かに止まった。

「私、泳げないから、海が怖いの」

私は小声で付け加え、彼の話を聞いていたことをそれとなく匂わせた。

時臣は私を強く抱きしめた。

「心配するな。俺が守ってやる。お前を危険な場所には決して近づけない」

その声は優しいのに、私の背筋をぞっとさせた。

翌朝、私は「拝金計画」を実行することに決めた。

「時臣君」

朝食の席で、私は何気ないふうを装って切り出した。

「最近、銀座のお店に新作のバッグが入ったんだけど、すっごく綺麗で……」

「気に入ったのか?」

彼は新聞から顔を上げ、微笑みながら尋ねた。

「うん。でも、高すぎるの」

「気に入ったなら買えばいい」

時臣はスマートフォンを手に取り、短いメッセージを送った。

一時間もしないうちに、執事が一団を引き連れて屋敷に入ってきた。客間に恭しく並んだ人々は、それぞれが異なるデザインの限定バッグを手にしている。驚いたことに、彼らは各高級ブランドの店長たちだった。

「これって……」

「好きなのを選べ」

時臣は、さも当たり前といった様子で言う。

私は気まずく笑った。

「実は、他のブランドの方が好みだったりして……」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、さらに多くのブランドの代表者たちが次々と屋敷に入ってきて、それぞれが最新作の高級品を持参してきた。その光景はあまりに壮観で、私は言葉を失った。

それから数日間、私は「拝金」作戦をエスカレートさせ続けた――和田玉、アンティークジュエリー……総額数十億円にもなる贅沢品が神代邸に運び込まれた。

しかし、時臣はそれに全く動じなかった。

彼はただ穏やかに私を見つめ、優しい笑みを浮かべているだけだった。

「普段は仕事で忙しいから、お前のために金を使う機会もなかなかない。欲しいものがあってくれて助かったよ。でなければ、俺もどうしていいか分からなかった」

拝金計画は、完膚なきまでに失敗した。

夜、私は再びお守りに助けを求めた。

「他に何か方法はないの?」

お守りが微かな光を放った。

「熱暴力という言葉を聞いたことがありますか? 影のように相手に寄り添い、相手を息苦しくさせるほどの密着した関係のことです」

「そんなことして、彼を怒らせたりしないかしら?」

私は心配になって尋ねた。

私は頷き、この新たな計画に希望を膨らませた。

明日から私は、神代時臣に片時も離れず付きまとうストーカー彼女になる!!!

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