第55章

彼女はわざと頬を彼の背に寄せた。こわばっていた筋肉が、自分になだめられるたび、少しずつほどけていくのを確かめるように。

九条湊は、たしかにこういうやり方に弱かった。

きつく寄っていた眉間はしだいに緩み、胸のつかえもいくらか薄れていく。

九条湊の顔色が少し良くなったのを見て、一ノ瀬美琴は目をくるりと動かした。――今だ。

「湊」

彼女は彼の前へ回り込み、顔を見上げる。瞳には期待をいっぱいに浮かべていた。

「旅行に行かない? 先生も言ってたの。今の私は気分を楽にしたほうが、赤ちゃんにもいいって。モルディブでも、プロヴァンスでもいいわ。私たち二人きりで、少しのんびり過ごしたいの」

「駄目...

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