偽物の令嬢に奪われた人生を、私は取り戻す

偽物の令嬢に奪われた人生を、私は取り戻す

バラへの愛 · 完結 · 459.4k 文字

549
トレンド
7.8k
閲覧数
213
追加済み
本棚に追加
読み始める
共有:facebooktwitterpinterestwhatsappreddit

紹介

「お姉さん、私……あなたの旦那様の子供を妊娠しました」

その言葉と共に突きつけられた一枚の証拠。

私はようやく気づいた。

十年間、私から奪われ続けていたものの正体に。

偽物の令嬢は、私の居場所も、家族も、そして、夫までも奪った。

それでも、私はもう被害者のふりをするつもりはない。

真実を明らかにすれば「冷酷な女」と呼ばれた。裏切りを暴けば「残酷だ」と責められた。

けれど、あの豪邸を出た瞬間、私は悟った。

私が失ったのは、偽物の愛だけ。

奪われた地位も、誇りも、未来も、すべて取り戻す。

さようなら、私を裏切った夫。

あなたが選んだ偽りの愛の結末を、どうぞ最後まで味わえばいい。

本物の後継者は、もうあなたを必要としていない。

チャプター 1

「ご懐妊です。おめでとうございます」

検査結果の用紙が一ノ瀬紗月の手に渡った。そこには〈妊娠6週〉とある。

胸の奥から、喜びが潮のように満ちてくる。笑みがこぼれかけた、その瞬間――患者名の欄が、自分ではないことに気づいた。

しかも、見覚えのある名前。

一ノ瀬美琴。

「これ……取り違えてませんか?」

「申し訳ありません!」医師がようやく気づき、慌てて別の用紙を差し出す。「こちらが奥さまのです」

紗月が視線を落とすより早く、診察室のドアが勢いよく開いた。

「お姉ちゃん、どうしてここにいるの?」

甘ったるく、歌うみたいな声。育ちのいい娘特有の傲慢さが、言葉の端ににじむ。

「その結果、私のだよね?」

目ざとく紙を見つけると、美琴はひったくるように奪い取った。

「お姉ちゃん、私が誰の子を妊娠したか知りたい?」

誇らしげに下腹へ手を添え、見下ろすように笑う。

甘い香水が鼻を刺し、紗月は吐き気を覚えた。相手にせず、自分の結果用紙を折り畳む。

「知らない?」

美琴は顎を上げ、蔑むように紗月を頭からつま先まで舐める。

「教えてあげる。お義兄さんのよ」

「あなた、お義兄さんと結婚して3年も子どもができなかったのに。私は一回で当たっちゃった。お腹の子、絶対に九条家の跡取りだもん」

心臓を鷲掴みにされたみたいに痛み、視界が数秒、真っ暗になった。

予感はあった。けれど、耳で聞いた瞬間、受け止められるはずがなかった。

「……おめでとう」

感情を一気に押し込み、淡々と言う。

「一ノ瀬家の偽物のお嬢さまが不倫相手になって、子どもが跡取り? 恥でしかない。九条湊にとって、あなたは安っぽいだけよ」

美琴の顔が歪む。

「ふん。追い出されるのはあなたでしょ、老けた奥さん!」

「今すぐ湊に知らせてあげる! 今夜、彼が私にプロポーズするから。待ってて!」

紗月は返事をしなかった。踵を返し、そのまま出て行く。

結果用紙をバッグへ放り込み、誰にも文字を見せないまま――

〈妊娠12週〉

結婚して3年、九条湊の子を授かったことは一度もない。もともと生理は不順で、最近の吐き気も「体調のせい」くらいにしか思っていなかった。

それでも今、皮肉としか感じない。

妊娠を知るのと同時に、この子から父親が消えたことも知ったのだから。

紗月と九条湊は幼なじみだった。捨てられた隠し子として生きてきた彼が、九条グループで足場を固めるまで、ずっと隣で支えた。どれほど絆が深く、愛が骨の髄まで染みていようと――妊娠中の裏切りだけは受け入れられない。

突然、携帯が鳴った。九条湊からだ。

紗月は出ずに、ポケットへ押し戻す。風衣をきつく合わせ、病院を出ると、道路脇のゴミ箱の前で用紙を細かく破り、ひとひらずつ捨てた。

四度目の着信で、ようやく通話に出る。

「紗月、具合悪いのか?」一瞬で見抜いたような声。「会議やめて、すぐ行く」

「大丈夫。さっきは外がうるさくて、着信に気づかなかっただけ」紗月は静かに言う。

心配の色は本物だった。愛情も、長年と変わらない――ただし、彼は浮気している。

相手がよりにもよって、いつも彼女に突っかかってくる一ノ瀬家の偽物の娘。

目尻に滲んだ涙は秋風にさらわれ、声に感情は乗らない。

「会議、何時に終わる? 今夜、あなたの作る麺が食べたい」

「……」電話の向こうで、湊が珍しく言いよどむ。「今夜のパーティは重要なんだ。最近お前、吐き気が続いてたろ? だから連れていかなかったけど……」

沈黙のあと、紗月は言った。

「私も行きたかった。でも、九条湊。今は……本当に帰ってきてほしい」

こんなふうに、直球で強く頼むことはほとんどない。以前なら、彼は一秒も迷わず駆けつけたはずだ。

湊は声をさらに甘くする。

「ごめん。ほんとにごめん。終わったら最速で帰る、いい? 多分、明け方になるけど……埋め合わせする。週末は一緒にいて、バッグも買いに行こう――」

柔らかい言葉を並べても、結論は同じ。今日は忙しい。一分も割かない。

「今夜……本当にプロポーズしに行くんだね」

心が完全に死んだ。泣きながら、笑いながら、そう口にする。

「え?」風の音に掻き消され、湊は聞き取れない。「何?」

「何でもない。先に切る。ちょっと疲れた」

街路に停めた黒いマイバッハの前へ向かいながら言い、通話を切った。

「紗月、大丈夫ですか?」

運転手の佐藤は元自衛官の女性で、動きも判断も鋭い。表向きは九条湊の手配だが、実際は紗月の腹心だった。

「私、妊娠してる。一ノ瀬美琴も妊娠してる。どっちも……九条湊の子」

後部座席に沈み込むように座り、疲れきった声で言う。

「家に帰ろう」

窓の外を見る。ガラスに映るのは、息をのむほど美しい――けれど絶望で満ちた顔だった。

「……あり得ない!」

佐藤はハンドルをしっかり握り、車は揺らさないまま、口だけは止まらない。

「私はずっと、天地がひっくり返っても九条湊は浮気しないって思ってましたよ! あの人、筋金入りの一途じゃないですか! 昔、あなたが怒ったとき、雨の中で一晩中ひざまずいたし。誘拐されたときなんて、街中をひっくり返して犯人を半殺し……骨折だらけにしたんですよ!」

紗月は口元だけ、わずかに上げた。目の奥は凍りついたまま。

あの人がしてくれた「愛してる」行為は確かに多かった。けれど、それは過去だ。

「そういえば、紗月」

佐藤が真面目な顔になる。

「前に言いましたよね。九条湊と一ノ瀬美琴、何度も見たって。距離が近すぎるって。あのときあなた、『誤解だ』って言ったけど……やっぱり黒じゃないですか!」

「一ノ瀬美琴、わざと誘惑してるんですよ。あなたを不快にするために! 紗月、いっそ老爺子に言って、あのクズ男と泥棒猫――まとめて……」

紗月はずっと黙っていたが、そこで小さく笑った。

「しなくていい」

「佐藤、事故を一つ用意して」

「妊娠3か月。遅くても5か月で目立ち始める。その前に――九条湊に、私が死んだと思わせて」

決断は五分で下したはずなのに、声は揺れない。ひと息吐き、澄んだ瞳に氷が宿る。

「結婚のとき言った。私たちは絶対に離婚しない。離れるなら死別だけだって。……じゃあ、死別にしてあげる」

最新チャプター

おすすめ 😍

二百兆円の棚ぼた

二百兆円の棚ぼた

3.4k 閲覧数 · 連載中 · 文机硯
配達で生計を立てるダメ男、弓場風太郎は、彼女に裏切られ、御曹司に金で辱められた。

彼が絶望の淵にいるまさにその時、突然、思いもかけない横財、十兆円が舞い込んできた。

そこから、彼は逆転の人生を歩み始め、大富豪への道を邁進していく……
追放された私が真の継承者だった件。今さら戻れと言われても、もう手遅れです

追放された私が真の継承者だった件。今さら戻れと言われても、もう手遅れです

141.6k 閲覧数 · 連載中 · 星埜雪奈
家族に捨てられ、私はようやく偽りの温もりを切り捨てた。
けれど、私の本質を隠し通すことは誰にもできない。
隠された私の正体は、この国で最も裕福な一族の継承者。
かつての家族が私を見失っている間に、私は全ての支配者となり、この街の頂点に君臨する男の視線を独占する。
彼が私に捧げる愛は、ただの寵愛ではない――世界を敵に回してでも守り抜く、狂おしいまでの執着だ。
地獄から帰った私を、頂点の男が甘やかすなんて聞いてない

地獄から帰った私を、頂点の男が甘やかすなんて聞いてない

26.3k 閲覧数 · 連載中 · 三日月プリン
「救うのは妹の方だ。お前は強いから、生き残れるだろう」
十八年間、空気のように扱われ、誘拐事件の際にも迷わず切り捨てられた私。
「強さ」という名の言い訳で死の淵に追いやられた私は、地獄の果てで生き延びた。
そして今、全国民が見守る超人気リアリティショーの舞台に、私は「かつての復讐者」として舞い戻る。
家族が偽りの善人面を振りまく中、彼らの仮面を一枚ずつ剥ぎ取っていく最高のショウタイム。
そんな私を面白がり、盤面をひっくり返す男がいた。冷徹なるF1チャンピオン。彼だけは、私の冷酷な正義を肯定し、その権力で私を囲い込む。
さあ、復讐劇の始まりよ。私を「可哀想な犠牲者」だと思っていた報い、その身に刻ませてあげる。
家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

家族の縁を切った日、兄たちはすべてを失った

1.1m 閲覧数 · 完結 · 風見リン
前の人生で両親が交通事故で亡くなった後、長兄は世間体を気にして、事故を起こした運転手の娘を家に引き取った。
公平を期すという名目のもと、兄たちは彼女からリソースを根こそぎ奪い、その尊厳を踏みにじってまで、運転手の娘を支えた。
彼女は兄たちのためにすべてを捧げたというのに、家を追い出され、無残に死んだ。

生まれ変わった今、彼女は人助けの精神などかなぐり捨てた。許さない、和解しない。あなたたちはあなたたちで固まっていればいい。私は一人、輝くだけ。

兄たちは皆、彼女がただ意地を張っているだけだと思っていた。三日もすれば泣きついて戻ってくるだろうと高を括っていたのだ。
だが三日経ち、また三日経っても彼女は戻らない。兄たちは次第に焦り始めた。

長兄:「なぜ最近、こんなに体調が悪いんだ?」――彼女がもう滋養強壮剤を届けてくれないからだ。
次兄:「会社のファイアウォールは、なぜこうも問題ばかり起こす?」――彼女がメンテナンスに来なくなったからだ。
三兄:「新薬の開発が遅々として進まないのはなぜだ?」――彼女が治験をしなくなったからだ。
四兄:「どうしてこんなにつまらない脚本しか上がってこない?」――彼女がもう執筆しないからだ。
五兄:「この義肢は、なぜこんなに出来が悪いんだ?」――彼女が製作をやめたからだ。
六兄:「なぜチームが負けた?」――彼女が脱退したからだ。

兄たちは地に膝をついて許しを請うた。「戻ってきてくれ。俺たちこそが、血を分けた本当の家族じゃないか」

彼女は絶縁状を兄たちの顔に叩きつけ、冷ややかに笑った。
「車が壁にぶつかってから、ようやくハンドルを切ることを覚えたのね。株が上がってから、ようやく買うことを覚え、罪を犯して判決が下ってから、ようやく悔い改めることを覚えた。残念だけど、私は――許さない!」
セカンドチャンス 億万長者のパパ

セカンドチャンス 億万長者のパパ

4.1k 閲覧数 · 完結 · Olivia
若いころの私は、醜いと見なされていた。ところが思いがけず、端正な顔立ちで金持ちの若い男と同じベッドにいる自分がいて、私たちは子どもまで授かった。

それから何年も経ち、私は息をのむほどの映画スターへと変貌を遂げた。そして再び、あの裕福な青年と道が交わった。だが――胸が沈んだ。彼は私だと、気づきもしなかった……。
冷酷非道な大物との政略結婚を強いられ、私は開き直った

冷酷非道な大物との政略結婚を強いられ、私は開き直った

39.9k 閲覧数 · 連載中 · 桜井 ゆい​
【前世】

ヤクザの家に生まれた宿命を恐れるあまり、私は幼馴染の周防文哉のもとへ逃げるように嫁いだ。

けれど結婚から五年――私は家畜のように囚われ、夫とその愛人に蹂躙され続けた。息絶えようとするその瞬間、最後に目に映ったのは、私の目の前で絡み合う二人の姿だった。


【転生】

再び目を開けると、婚約が公の場で発表されたあの瞬間に戻っていた。

周防文哉が愛おしそうに私を見つめ、優しく囁く。

「俺と結婚してくれ。」

次の瞬間――若きヤクザの組長が私の腕を掴み、力強く抱き寄せた。銃口は真っ直ぐ周防文哉に向けられている。

彼が、私の代わりに答えた。

「――断る」
偽りの仮面

偽りの仮面

12.2k 閲覧数 · 連載中 · 彩月遥
夫が私に抱くのは、愛の伴わない性的な欲望だけ。
彼は、私との間に子供を授かることさえ望んではいない。

そればかりか、外では他の女性と戯れ、私の心を深く傷つける。

逃げ出したい。強く、自立した女性になりたい。
そう願う私を、しかし、彼が手放すつもりは毛頭ないようだった……。
双子とヤクザの父親

双子とヤクザの父親

12.3k 閲覧数 · 連載中 · 蜜蜂ノア
予期せぬ運命の巡り合わせで、彼女はクラウンヘイブンで最も権威あるマフィアのボスと関わることになった。その出会いは一人の子供を授かることとなり、彼女は止むを得ない逃避行を余儀なくされた。

六年の月日が流れ、二人は思いがけず再会する。彼女は必死に彼から距離を置こうとするが、運命は異なる計画を用意していた。

驚くべきことに、彼は突然現れ、彼らの愛らしい子供を抱きしめながら、大胆に彼女に詰め寄る。「俺たちの子供を産んでおいて、逃げられると思ったのか?」

彼女は凍りついたように立ち尽くし、言葉を失う。彼こそ、畏怖の念を抱かせる帝国の君主だった。彼女は二人の世界があまりにもかけ離れていて、決して交わることはないと思い込んでいた。

しかし、彼女は知らずのうちに、この不屈の王の真実の愛となっていたのだった。
人生を謳歌する

人生を謳歌する

2.7k 閲覧数 · 連載中 · 午前零時
大学生である私は、兄の家に住んでいた。兄嫁は魅力的で優しく、彼女のすべてが私が理想とする女性像そのものだった。青春真っ只中の私は、彼女と親密になることを夢見ることが多かった。そのような考えが間違っていることは十分にわかっていたので、できるだけ彼女と接しないようにしていた。しかし、驚いたことに、兄が勃起不全であることを知り、彼らは長い間夫婦生活を送っていないことがわかった。彼女は子供を強く望んでいて、兄が彼女を妊娠させることができないために、何度も涙を流していた。ある夜、彼女は私の部屋に入ってきて、「私に子供を授かってくれないか?」と尋ねた。パニックと興奮の間で、私は彼女の目を見ることができなかった。私はどうすればよかったのだろうか?
妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

妻が去り、妊娠を知った俺は、ただ泣き崩れるしかなかった

610.4k 閲覧数 · 連載中 · 蛙坂下道
鈴木七海は、中村健に好きな人がいることをずっと知っていた。それでも、彼との結婚を選んだ。
しかし、結婚して5年後、彼は離婚を切り出した。その時初めて、彼の想い人が私の父の隠し子(私の異母兄弟)だと知った。
離婚を決意した七海だったが、その時にまさかの妊娠が判明した。
鬼畜社長が離婚後に豹変!?甘えん坊な元夫の執着愛

鬼畜社長が離婚後に豹変!?甘えん坊な元夫の執着愛

68.6k 閲覧数 · 連載中 · 鯨井
篠崎アエミが最も後悔したことは、すべてを捨てて榎田神也と秘密裏に結婚し、卑屈に彼の傍らにいて、自分自身を失ってしまったことだった。

初恋が帰国し、彼女は彼を要らないと言った。

離婚後、彼女は人生の頂点に立った。

トップレベルのデザイナー無憂は彼女だった。
トップクラスの名門が失った令嬢も彼女だった。
手のひらを返せば雲を作り、手のひらを返せば雨を降らせる株の神も彼女だった。
彼女はもう、疲れた

彼女はもう、疲れた

19.4k 閲覧数 · 連載中 · 桜井 ゆい​
夫が妊娠した愛人に惜しみなく注ぐ溺愛のまなざしを、ただ見つめながら、私は医師の言葉を胸の奥で反芻していた――余命は、あと三ヶ月です。

十年ものあいだ、私は幽鬼のようにこの豪邸に閉じ込められ、身を削って家計を支え、彼の吐くその場しのぎの嘘を飲み込み、彼が一片の心も寄せたことのない結婚生活を守り続けてきた。彼は確信していたはずだ、私が逃げ出せるはずがないと。母の癌治療費は、すべて彼の施しで成り立っていたのだから。

それは間違いじゃない。たしかに、金は必要だった。

でも――私はもう、残りの人生すべてを、彼が誰かを愛するのを見て過ごすために生きたくはない。

離婚届は、もうテーブルの上にある。今度こそ、私は懇願しない。縋りついたりもしない。

私が選ぶのは、私自身だ。