第66章

「返事を急ぐ必要はない。考える時間は十分にある」

圭介はそれきり口をつぐみ、暖房の温度を少し上げた。

車は紗世のマンションへ向かって滑らかに走る。

朱月は窓の外へ顔を向け、飛ぶように過ぎ去る街並みを見つめた。ガラスに映るネオンが長くぼやけた光の帯を引き、まるで歪められた彼女の八年間のように流れていく。

車内は静まり返り、タイヤが路面を噛む微かな音だけが響いていた。

マイバッハが紗世のマンションの下に停まった。

圭介はダッシュボードから厚みのある名刺と万年筆を取り出し、裏面に数字の羅列を書き記した。

「これは俺のプライベートの番号だ」

彼はカードを朱月の手に渡し、その温かい指先...

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