第1章

葵視点

白鷺市の最高級ホテル、そのペントハウスにあるボールルームで、私は手にしたシャンパンフルートを神経質に持ち直し、隣にいる速水湊司を盗み見た。今夜の不動産サミットのガラパーティーは、彼が私を正式にこういう場に連れてきてくれた初めての機会だった。

『これって、きっと良い兆候よね?』期待に胸が高鳴る。

「湊司、ここに連れてきてくれてありがとう」期待を込めて、私はそっと囁いた。

湊司は振り返りもせず、数人のビジネスエリートとの会話に夢中だった。「お前は俺の女だ。こんな世界を見せてやるのは当然だろう」

『俺の女……』その言葉に頬が熱くなる。三年。卒業してから丸三年、私はずっと彼のそばにいた。

脳裏に蘇るのは、あの雨の夜。キャンパスの路地裏で、酔客に絡まれ身動きが取れずにいた私を、まるで神話の英雄のように、速水湊司が救い出してくれた。

彼の出現は、あまりにも唐突で、そして鮮烈だった。彼は、たやすく、そして静かに、私を囲む闇を払いのけてくれたのだ。

街灯の光が、雨に濡れた彼の完璧な横顔を照らし出す。その一瞬、私の心は、もう私のものではなくなった。

「大丈夫かい?」

その声は、とろけるように甘く、私の凍りついた心をゆっくりと溶かしていくようだった。

「ありがとうございます……」

恐怖の余韻か、それとも、目の前の彼が放つ圧倒的な存在感のせいか、私の声は、か細く震えていた。

一週間後、彼は再び私の前に現れた。その夢中になっているような眼差しに、私みたいな平凡な女の子にも、ついに運命が微笑んでくれたんだと信じた。

『俺の女になれ』彼は単刀直入に言った。『欲しいものはすべてくれてやる』

私はためらうことなく頷いた。あの眼差しは、私だけのものなんだと信じて。

そして三年後の今、私はついに彼の女として、社交界の集まりに同席している。『もしかして、私たちの関係がやっと前に進むってこと?』『彼も、私たちのことを正式にする準備ができたのかも?』

だがその時、ボールルームの入り口がにわかに騒がしくなった。

「なんてこと、真壁美琴よ! 彼女が帰ってきたんだわ!」

「真壁美琴? ヨーロッパで数々の国際建築賞を受賞した、あの天才がか?」

「白鷺市には二度と戻らないと誓ったんじゃなかったのか? なぜ今さら?」

声のした方に目を向けて、心臓は止まった。

長身で優雅な女性が、シルバーグレーのシルクガウンをまとい、ボールルームへと滑るように入ってきた。その圧倒的な存在感に、会場中の視線が釘付けになる。

そして私は凍りついた。『嘘……そんなはず……』

その顔は……私と驚くほどよく似ていた。同じ骨格、同じ目の形。ただ、もっと洗練されていて、もっと高貴で――まるで、私の『上位互換』のようだった。

湊司の手から、シャンパングラスが滑り落ちそうになった。「美琴……」

恐ろしい予感が形になり始め、私の心は急降下した。

美琴はまっすぐ湊司の元へ歩み寄り、人目もはばからず彼を抱きしめた。

「湊司、ただいま」美琴は微笑んだ。「私たちの約束、覚えてる?」

『約束って、何?』頭に血が上る。『三年間、彼が私に約束なんてしたこと、一度もなかったのに』

湊司は体をこわばらせ、複雑な表情を浮かべていた。「美琴……なぜ戻ってきたんだ?」

「会えて嬉しくない?」美琴は軽やかに笑う。「この街を一緒に変えようって約束したじゃない。それに……他の約束もね」

『他の約束……』二人のやり取りを見て、私とそっくりでありながら、もっと完璧なあの顔を見て、すべてを悟った。

『そうか、三年前の彼のあの眼差しは、私が特別だったからじゃない.......私が『彼女』に似ていたからだったんだ』

『私はただの代用品。安っぽい、身代わりだったんだ』

招待客たちが囁き始める。

「なるほど、速水湊司は真壁美琴が帰ってくるのを待っていたのか……」

「じゃあ、あの女は誰なんだ? その場しのぎの相手か?」

「確かに似てるな。湊司が選んだのも頷ける」

「偽物にしか見えないけどな」

「偽物……」

その一言が、まるで鋭利な刃物のように、私の心を深く、深く突き刺した。指の関節が白くなるほど、シャンパンフルートを強く握りしめる。音もなく、グラスが砕け散ってしまいそうなほどの衝撃だった。

献身的に尽くしてきた、あの三年間。私のすべてを捧げた、あの輝かしい日々が、ただ彼が別の女性を想い続けるための、偽りの時間だったなんて。私の存在は、一体何だったのだろう。彼の隣で笑い、支え続けた私は、一体誰だったのだろう。

湊司が投資家たちに呼ばれ、その場を離れた瞬間、美琴の視線が、獲物を捉えるかのように、ようやく私に向けられた。

私の顔をはっきりと認めると、彼女の瞳には、すべてを理解したかのような、嘲るような好奇の色が浮かび上がった。

そしてそれは、次の瞬間には、隠すことすらしない、あからさまな侮蔑へと変わった。その視線は、私という存在を、根底から否定するかのようだった。

『彼女は知っている。ずっと私の存在を知っていたんだ。私がただの代用品だってことも』

「どういう意味ですか?」震える声で、私は美琴に歩み寄った。「約束って、何のこと?」

美琴は優雅にシャンパンを一口飲むと、私を上から下まで品定めするように見た。「やれやれ、まさか湊司が『あなた』と結婚するなんて本気で思ってたわけ? ねえ、その顔を見てみなさいよ。自分の立場くらい、わかるでしょう」

「何をおっしゃっているのか、わかりません」恐怖と入り混じった怒りが、私の中で燃え始めた。

「わからない?」美琴は嘲るような笑みを浮かべ、グラスを置いた。「もっとはっきり言ってあげましょうか。湊司と私は幼馴染みなの。三年前、私がキャリアのためにヨーロッパへ行く時、成功したら帰国して結婚するって約束したのよ」

『嘘……嘘よ……』

「湊司がなぜあなたを選んだと思う?」彼女は残酷に続けた。「その安っぽい偽物の顔のせいよ。私がいない間の寂しさを埋める、代用品が必要だっただけ」

その言葉は、私の理性を完全に打ち砕いた。

『偽物。三年の献身、三年の寄り添い――彼女の目には、ただの安っぽい偽物』

バシャッ!

私は持っていたシャンパンを、美琴の顔にまともに浴びせかけた。銀色のガウンが暗い色に染まる。

「よくも私にかけたわね!」美琴は金切り声を上げ、私に掴みかかってきた。

私たちは、糸の切れた人形のように、すぐにでもみ合いになった。理性など、とうに吹き飛んでいた。高価なイブニングドレスが引き裂かれる音も、肌に食い込む爪の痛みも、もはやどうでもよかった。私は、憎悪と絶望のままに、彼女の豊かな髪を鷲掴みにし、力の限り引っ張った。

瞬く間に、招待客たちが私たちを取り囲み、好奇と興奮に満ちた視線が突き刺さる。あちこちで携帯のカメラのフラッシュが狂ったように光り、その光が私たちの醜態を白日の下に晒す。優雅なはずのパーティー会場は、一瞬にして、狂乱のるつぼと化した。

「やめろ!」湊司の怒声がボールルームに響き渡った。

彼は駆け寄り、私たちを無理やり引き離した。だが、彼の最初の行動は私の怪我を確かめることではなかった――彼は美琴を支えたのだ。

『三年前の、ヒーローみたいな救出劇と同じ。ただ、今回救われたのは私じゃなかった』

「杉原葵! 何をしているんだ!」湊司の目は怒りに燃えていた。「今すぐ美琴に謝れ!」

世界がぐらつき、すべてが揺れているように感じた。湊司が甲斐甲斐しく美琴の髪を直し、その瞳に心配の色が浮かぶのを見て、周りからの嘲笑の視線を感じた。

『三年。丸三年も、彼の心の中にいるのは私だけだと思っていたのに、ただの代用品だったなんて』

「湊司……」私は弱々しく言った。「選んで。彼女か、私か」

その問いに、ボールルーム全体が静まり返った。誰もが速水湊司の答えを待っていた。

湊司は、期待に輝く美琴の顔と、泥まみれの私を交互に見た後、まるで言葉を失ったかのように、ただ黙り込んだ。その沈黙は、私にとってすでに不吉な予兆だった。

「美琴は帰ってきたばかりなんだ。こんな風に扱うべきじゃない」

絞り出すような、たったそれだけの言葉。しかし、その一言が、私たちの三年にわたる関係に、冷酷な死刑宣告を下した。

心臓が、刃物で無残に引き裂かれるような激痛に襲われた。呼吸が、肺から空気をすべて奪われたかのように、ひどく苦しい。

ああ、やっと、彼の心の中での私の居場所がわかった。彼の本当の愛する人が戻ってきた瞬間、この三年の月日は、まるで最初から存在しなかったかのように、無価値になったんだ。

私の存在は、彼の世界において、ただの仮の間に過ぎなかったのだと、突きつけられた。

「わかったわ」私の声は、不気味なほど空虚に響いた。

私はゆっくりと出口に向かって歩き出した。

「葵、家に帰って話そう……」私の手首を掴もうとする湊司の声には、焦りが滲んでいた。

パチン!

私は真珠のネックレスを力任せに引きちぎり、彼の顔めがけて全力で投げつけた。真珠が床に散らばり、その乾いた音が、静まり返ったボールルームに響き渡る。

「私に触らないで!」私は声を限りに叫んだ。「速水湊司、三年よ! 丸三年も! やっとあなたの本性がわかったわ!」

ボールルームは再び死のような静寂に包まれた。同情、嘲笑、驚き.......誰もが私を見ていたが、もうどうでもよかった。

そして私は顔を上げ、毅然と出口に向かって歩き去った。

泣かない。ここでは、この人たちの前では絶対に泣かない。

だが、エレベーターのドアが閉まった瞬間、私はついに崩れ落ちた。決壊したダムのように涙が溢れ出し、視界がぼやける。

『鏡に映った私は、乱れていた――破れたドレス、もつれた髪。私はついに現実を見た。私は湊司の心の中で、ただ別の女の影でしかなく、本物の持ち主が帰ってきたら、その影は無慈悲に捨てられるのだと』

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