第4章

それから約三時間後、魔王城に天を揺るがすほどの咆哮が轟き、城全体が激しく震えた。

来た! 魔王が聖女の逃亡に気づいたのだ。

私は素早くありふれた黒いマントに着替え、わざと服に埃を被せ、腕には浅い擦り傷をいくつかつけた。

「クソッ! あの女、逃げおったか!」

魔王の怒りの咆哮が地下の奥深くから響き渡り、魔力の暴走による破壊音が伴う。石壁が砕け、金属が捻じ曲がる恐ろしい音が聞こえてくる。

私は深く息を吸い、髪を乱し、わざと苦しげな呻き声を上げて、密道の方向からよろよろと「這い出して」きた。

破壊され尽くして無惨な有様となった牢獄の入口に姿を現した時、魔王は私に背を向けており、その肩は微かに震えていた。

「魔王様……」

私は震える声で口を開いた。

「申し訳ありません……リリス様を止めようとしたのですが、私の力があまりにも微弱で……」

魔王が勢いよく振り返る。その深紅の瞳には、恐ろしい怒りの炎が燃え盛っていた。全身から魔力を放ち、その姿はまるで地獄から這い出てきた修羅のようだ。

「お前が?……お前が彼女を止めるだと?」

彼の声は疑念に満ちている。

「彼女はお前たち人間の聖女ではないのか?」

私はわざと半歩後ずさったが、逃げはしなかった。そして、真摯な眼差しで彼をじっと見つめる。

「それは……魔王様がお苦しみになるのを見るのが、耐えられなかったからです。リリス様が、あなたにとってどれほど大切な方か、存じておりましたから……」

魔王の表情が、わずかに固まった。

その時、彼の視線が牢獄の中にある、きらりと光る何かに留まった。

蝶の髪飾り!

魔王はその精巧な蝶の髪飾りへとゆっくりと歩み寄り、腰を屈めて拾い上げた。

「これは……お前のものか?」

彼は髪飾りを掲げた。

私はわざと驚いた表情を見せ、それから頷いた。

「はい……それは、母上が私の十歳の誕生日にくださったもので……」

魔王の眼差しが変わった。彼は髪飾りを見つめ、それから私に視線を移し、頭の中で何かを組み立てているようだった。

「お前は本当に……彼女が逃げるのを止めようとしたのか?」

「はい」

私は声を詰まらせながら言った。

「魔王様が毎晩ここへいらして、心を痛め、お疲れになっているのを知ってから、私の心も一緒に痛みました。ですから、彼女が逃げようとしているのに気づいた時、止めようとしたのです。でも……」

私は俯き、涙がぽたりと地面に落ちた。

「でも、私はあまりに弱く、聖女様を止めることなどできませんでした。髪飾りは……髪飾りはきっと、その時に落ちてしまったのでしょう。申し訳ありません、私が至らないばかりに……」

魔王は蝶の髪飾りを固く握りしめ、複雑な表情で私を見つめている。

「お前は……我のために?」

彼の声からは怒りが消え、ある種の衝撃が滲んでいた。

私は答えず、ただ涙が流れるに任せた。

時として、沈黙はどんな言葉よりも力を持つ。

魔王が不意に私へと歩み寄り、その瞳から怒りの炎は消えていた。

「蛍……」

彼は私の頬を優しく撫でる……。

「今のあなたのお苦しみ、お察しします。大切な人を失う、その虚無感は、まるで心臓を抉られるかのようで……私も、あなたと同じ経験をいたしました」

魔王の身から放たれていた荒々しい魔力が、瞬く間に凪いでいく。まるで母親に宥められた赤子のように。

「お前は本当に、我と気持ちを分かち合えると?」

彼の声が掠れた。

「はい」

私は頷く。

「私もかつて、深く愛した人を失いました。その痛みは……永遠に忘れられません」

忘れられない? 馬鹿な!

すべては私の作り話だ。だが、共感こそが最も距離を縮める……。

魔王は私を見つめ、その蝶の髪飾りをそっと私の手のひらに返した。

「蛍……我の胸の内を聞いてくれるか? 胸が苦しく、何かが詰まっているような気がするのだ」

私は髪飾りを握りしめ、優しく言った。

「もちろんですわ。魔王様、私の前で強がる必要はございません。痛みは吐き出すべきものです。私が、ずっとお側に付き添います」

こうして、私たちは廃墟のような牢獄で一晩中語り明かした。

魔王は聖女への執着を、その孤独を、人間界を征服せんとする魔王でありながら人間の聖女を愛してしまったことを吐露し、私はその都度、適切な相槌を打った。

夜が明ける頃には、魔王の私を見る眼差しはまったく違うものに変わっていた。

「蛍、毎日我の書斎に来てはくれぬか? ……お前ともっと話がしたい」

「もちろんですわ」

私は微笑んで頷いた。

「私が魔王様の心の支えとなれるのでしたら、それは蛍にとって最大の光栄でございます」

それから数日、私は毎日午後に魔王の私的な書斎へ通うようになった。そこは魔王城の最上階にある秘密の空間で、本来は魔王が独りで思索に耽る聖域だったが、今や私に開放されている。

「蛍、不思議なのだ……」

三日目の午後、魔王はソファに腰掛け、私が彼のために用意した赤ワインを見つめながら言った。

「なぜ、お前と共にいる時だけ、我は安らぎを感じられるのだろう?」

私は酒瓶を置き、優しく彼を見つめた。

「おそらく、心が共鳴しているからでしょう。魔王様、私たちには何か特別な繋がりがあるとはお思いになりませんか?」

魔王は何かを考えるように頷いた。

「特別な繋がり……そうだ、このような感覚は誰に対しても抱いたことがない。蛍、お前はまるで……」

彼は一度言葉を切り、それからほとんど敬虔とも言える口調で言った。

「お前はまるで、運命が我を癒すために遣わした天使のようだ」

私は感動したふりをして口元を覆い、目に涙を浮かべた。

「それは蛍にとって、この上ない光栄でございます」

一週間後、魔王の私への依存は誰の目にも明らかになっていた。

「蛍には、我の書斎への自由な出入りを許可する」

ある日、魔王は広間で皆の前でそう宣言した。

「何人たりとも妨げてはならん」

他の魔族たちの目に浮かぶ驚愕を見た。

最高位の魔族将軍ですら、その特権は与えられていないのだ。

「魔王様は蛍姫様に本当に特別ですね」

その夜、侍女のアリスが言った。

「陛下がこれほど誰かを信頼なさったことは、今まで一度もありませんでした」

私はその髪飾りを撫でながら、鏡に向かって微笑んだ。

この小さな髪飾りが、私と魔王との特別な絆の象徴となった。彼が私がこれを着けているのを見るたび、あの夜、私が「彼のために聖女を止めようとした」ことを思い出すのだ。

「魔王様」

私はそっと囁く。

「すぐにあなたは、もう私なしではいられなくなるでしょう」

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