第2章

絵麻の視点

居間は闇に沈んでいる。光っているのはスマホの画面だけで、壁に影を落としている。私はソファの上で膝を抱え、まるで自分を消し去ってしまいたいかのように体を丸めている。

涼介からの十八件目の未読メッセージ。その上で、私の指が震えながら彷徨う。三秒。五秒。十秒。

開かない。

目は腫れ上がっている。涙は数時間前に枯れたのに、顔の皮膚はまだひりつくようだ。震える息を吸い込み、親友の番号にかける。

「由美……」声が途切れる。「こっちに来てくれない?」

電話の向こうでがさごそと物音がする。松野由美は何も訊かない。「十五分で行く」

指の関節が白くなるまでスマホを握りしめる。涼介の名前が、目に焼き付いて離れない。メッセージ一件一件が、ナイフのように突き刺さる。胸の圧迫感はどんどん重くなっていく。

十五分後、ドアベルが鳴った。

パジャマにスリッパ、その上からコートを羽織っただけの由美が、ドアから飛び込んできた。彼女は私を一目見るなり、顔をくしゃりと歪めた。

「なんてこと、絵麻」

彼女は私を腕の中に引き寄せた。私はその胸に崩れ落ちる。

「何があったの、話して」

言葉が堰を切ったように溢れ出す。「送金があったの。750万円。それに、結婚式場のことでメールも。花屋の見積もり、白い薔薇とシャクヤク。青木藤宮結婚式場。それで彼に電話したら、彼女の声が聞こえたの。藤宮有希の笑い声が」

「落ち着いて。見せて」

震える手でスマホを渡す。送金の記録。メールのスクリーンショット。由美は眉をひそめ、一枚一枚の画像に目を通していく。

「わかっておくべきだったんだよね?」言葉が次々とこぼれ落ちる。「複雑な家庭で育って、やっとの思いで生活してるウェディングプランナー。そんな私が、どうして彼の世界に馴染めるっていうの? 藤宮さんは建築家で、綺麗で、成功していて。名家の出。彼が結婚すべきなのは、彼女の方よ」

由美は画面をじっと見つめている。「絵麻、聞いて。もし彼があなたと別れたいなら、『君の夢のために』なんて書かない。それに750万円? これは手切れ金じゃない。もっとこう……」

私は顔を上げた。希望が、ちろりと揺らめく。「こう、って何?」

彼女はためらった。「罪悪感からくるお金、とか……。あるいは……わからない。でも、彼と話すべきよ」

「いや」硬い声が出た。

「絵麻……」

「聞きたくないの、由美。『君のせいじゃない、俺のせいなんだ』なんていうくだらない言い訳は聞きたくない。罪悪感に満ちた顔で、もっといい人が見つかるよなんて言われるのも見たくない。私に残された、ほんの少しのプライドだけでも守りたいの」

私は手のひらに顔をうずめた。由美はため息をついて、私を近くに引き寄せる。

口に出すには、あまりに惨めすぎる。彼を愛してる。まだ、愛してる。でも、あの言葉を聞くために待っているなんてできない。私には、できない。

「わかった」由美の声が和らぐ。「でも、寝なきゃだめ。ひどい顔よ」

私は苦い笑みを浮かべた。「気分も最悪だけどね」

涼介のマンションの前に立ったとき、朝の光が窓から差し込んでいた。一睡もしていない。隣には、由美が段ボールやスーツケースと一緒に立ってくれている。私は深呼吸をして、ドアを押し開けた。

共有のクローゼット。右側には、涼介のスーツ。完璧にプレスされた、高価なダークカラーのスーツが並ぶ。左側には、私の服。明るい色の、ほとんどが安価なブランドの服。

私の手は、青いワンピースの上で止まった。その生地に触れる。三ヶ月前。私の誕生日。涼介は言った。「この色は、君の瞳の色に合ってる」って。

彼は私の誕生日を覚えていてくれた。私の瞳の色に気づいてくれた。そのどれか一つでも、本物だったんだろうか。

息を吸う。ワンピースを元の場所に戻す。そして背を向けて、他のすべてのものを荷造りし始めた。

引っ越し業者がやってくる。私は機械的に彼らに指示を出す。スーツケースが二つ、段ボールが数箱、それからランプが一つ。由美は黙って手伝ってくれる。

ナイトスタンドの上に、写真立てが一つ。去年のクリスマス。涼介が笑っている。彼の腕が私の腰に回されていて、私は彼に完全に寄りかかっている。

それに手を伸ばす。指先が、フレームの縁に触れる。でも、止めた。

代わりに、それを裏返しに伏せる。そして、歩き去った。

持って行けない。これを持って行ったら、私はきっと、いつまでも手放せないから。

ドアが、静かなクリック音を立てて閉まる。私の手はドアノブの上にある。私の後ろでは、マンションは涼介のものだけを残して空っぽになっている。スマホが震えた。

「涼介❤️」

私は画面を凝視する。指が受話ボタンの上を彷徨う。三秒。五秒。

拒否を押す。

メッセージが洪水のように押し寄せる。

「絵麻、どこにいるんだ?」

「どうして電話に出ないんだ?」

「何があった? 頼むから教えてくれ」

「俺が何か間違ったことをしたなら、直させてくれ」

私はドアに寄りかかり、目を閉じる。彼の顔が目に浮かぶ。混乱し、必死で、パニックになっている顔が。

指が文字を打ち、消し、また打つ。

弱気になるな。屈するな。彼は彼女と結婚の計画を立てている。メールを見たじゃないか。彼女の声を聞いたじゃないか。

「あなたは何も間違ってない。ただ、私は自分の人生を始めなきゃいけないの。お金はありがとう。大事に使うから」

送信。

一秒後。「どういう意味だ、それ? 絵麻、話をしてくれ!」

そのメッセージを見つめる。涙が頬を伝い落ちる。

そして私はスマホの電源を切り、エレベーターに乗り込む。振り返らない。

一週間後。ドアに看板が掛かっている。「鈴木ウェディングプランニング」。私はその外に立ち、自分の名前を見つめている。午後の陽射しが、文字にちょうどよく当たっている。

由美がコーヒーを持って歩いてくる。「素敵ね。やったじゃない」

私は無理に笑顔を作る。「うん。やったよ」

彼女は私をじっと見る。彼女に何が見えているかはわかっている。二キロ以上痩せ、消えない隈があり、目の奥まで笑っていない笑顔。

「彼からまだメッセージ来てる?」

私は頷く。何も言わない。

彼女はそれ以上追及しない。でも、本当は訊きたいのだろう。

私はすべてのメッセージを暗記してしまった。最初は「どこにいる?」「無事なのか?」「頼む、せめて無事だと知らせてくれ」。次の日は「会いたい」「何があったのかわからない」「話をしてくれ、頼むから」。そして今日は「時間が欲しいなら待つ。でも絵麻、完全に消えないでくれ。俺たちは諦めない」

最後の一文を読むたびに泣いてしまう。でも、一度も返信はしていない。ただスマホを伏せて、見なかったふりをするだけだ。

「まだ彼のことが好きなんでしょ?」

私は唇を噛み、頷く。また涙がこみ上げてくる。「でも彼は結婚するのよ、由美。藤宮さんと。私にどうしろって言うの?」

「本当に? 実際に彼がプロポーズするのを見たの?」

私の声が大きくなる。「メールを見たの。彼女の声も聞いた。これ以上何が必要なの? それに彼は、私のスタジオを開くためのお金をくれた。それって『前に進め、新しい人生を始めろ』っていう暗号じゃないの?」

由美はため息をつき、私の手を握る。「わかった。わかったわ」

彼女はそれ以上何も言わない。私が聞く耳を持たないことを知っているからだ。痛みというものは、一人で抱えなければならない時もある。

その夜、私はベッドに横たわっている。天井にはシミがあり、ひびが入っている。涼介の部屋とはまるで違う。暗闇の中、スマホの画面が光る。

涼介からのメッセージは一文だけだった。「会いたい。毎日、毎時間」

その言葉を見つめる。指がキーボードの上を彷徨う。返信したい。「私も会いたい」と言いたい。なぜなのか訊きたい。説明を乞いたい。

たった三つの言葉。それだけでいい。でも、その後は? 彼は終わりだと言うのだろうか? なぜ藤宮さんの方が彼にとって良いのか説明するのだろうか? 無理だ。そんなこと、聞けない。

私は画面を消し、枕に顔をうずめる。静かに泣く。

街の向こう側で、涼介は二人の寝室に座っている。部屋にはまだ、ほのかに絵麻の香水の匂いが残っている。彼は青いワンピースを胸に抱きしめている。

彼の目は赤く充血している。この一週間、まともに眠れていない。毎日電話し、メッセージを送る。絵麻は決して返信しない。

彼は布地に顔をうずめ、目を閉じる。強く握りしめすぎたせいで、指の関節が白くなっている。

彼は、何を間違えた? なぜ彼女は話しを拒否する? 彼が強く押しすぎたのか? 説明が足りなかったのか? 彼女は彼と一緒にいたくないのか?

彼のスマホが震える。画面が光る。「涼介、絵麻さんは本当にあなたが何をしてるか知らないの? 本当のことを話さないつもり?」

涼介はそのメッセージをじっと見つめる。返信はしない。ただ、ワンピースを胸に、より強く抱きしめる。目を閉じる。一筋の涙が、彼の頬を伝い落ちた。

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