第96章

バルコニーにて。

星谷由弥子の細い手がワイングラスを持ち、軽く力を入れると、グラスの中の赤い液体が揺れた。

彼女はグラスの中のワインを見つめ、その表情は淡々として、どこか遠い世界を見ているようだった。

天宮和人は前方を見据えていた。遠くの木々の影がゆらめき、光と影が交錯している。

二人は不思議と静かになり、この一瞬の静寂を楽しんでいた。

ワインの香りが二人を完全に包み込んだとき、天宮和人はようやく薄い唇を開いた。「あの小さなデイジーの作品、なかなか良く描けていたね」

星谷由弥子は言葉を返さなかったが、その眼差しは夢見るような状態から冷たい鋭さを取り戻し、目の奥で激しい感情の潮が渦...

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