第53章 山を降りる

雨は、前触れもなく落ちてくる。

さっきまで灰色にくすんでいた空が、次の瞬間には、大粒の雨がバラバラと激しく叩きつけてきた。

夏目千尋が顔を上げると、雨が容赦なく頬に当たった。冷たくて、涙と混じってしまえば、どっちがどっちだか分からない。

立ち上がる間もなく――ふっと、頭上の雨が途切れた。

黒い傘が、彼女の上で開かれていた。落ちてくる雨を、まるごと遮るみたいに。

「いつまで、そこでそうしてるつもりだ」

その声……。

夏目千尋は弾かれたように振り向いた。

神崎雅臣が、背後に立っていた。片手で傘を差し、もう片方の手はズボンのポケットへ。シャツの袖口には雨粒がいくつか張り付いていて、...

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