第62章 腕時計を落とした

白石深尾が一歩前に出て、神崎雅臣の前へ立ちはだかった。

「……お引き取りください」

だが中島玲子はまるで聞く耳を持たない。身体をひょいと傾けて白石をすり抜けると、また神崎雅臣の袖口へ手を伸ばした。

「神崎社長、はっきり言ってくださいよ。私、仕事は選びませんから。何でもやりますし……」

神崎雅臣は一歩、後ろへ退いた。

眉間の皺が、さらに深くなる。

中島玲子の指先が袖を引っかけたまま、意地でも離さない。

夏目千尋は眉を寄せ、止めに出ようとした――その瞬間だった。

揉み合うような動きの中で、神崎雅臣の手首の時計のバックルが、ぱちん――と弾けた。

腕から滑り落ちた時計が、ホテルの玄...

ログインして続きを読む