第6章
顔合わせは終わった。
新しい同僚の中には、もともと東区の警隊にいた上級警官もいれば、普段の会議で見かけたことのある顔もいる。完全な初対面は二、三人だけだった。
会議室に残っているのは、結局、顔なじみの七、八人。まだ誰も腰を上げない。
「クソ……俺ら、あいつらに責任持たされんのかよ!」
ようやく誰かが吐き捨てた。アランが振り向くと、東区の副官のジムだった。
「さっきの、あのシシーってのは何者だ?」
向かい側から声が飛ぶ。言ったのはハサン。
ハサンは東区の人間じゃない。アランと同じ班でもない。それでも名は知れている。体格はアランより一回り大きく、ボクシングも捜査も強い。――それ以外の意味でも強い、という噂まで含めて。彼を好きだった、という話をアランは何度も聞いた。
「若すぎだろ、あれ」
誰かがぼやく。
「押さえつけて、ガツンと一発やりゃ黙るだろ」
ハサンが平然と言い放った。
どっと笑いが起こる。
アランは自分も粗野で、くだらない形式や規則を軽んじるほうだと思っていた。だが、ここにはそれ以上がいるらしい――そう思うと、つい口元が緩む。
「つまり、これからはあいつに報告ってことか?」
東区の同僚が眉をひそめた。
「しっ」
アランの前方でロブが立ち上がる。
ロブは学生っぽい若手だが、証拠固めは手堅い。上層に親戚がいるせいか、妙に情報が早く、こういう手の噂話の出どころにもなっている。
「聞いた話だけどさ――あのネロ、前は何やってたと思う?」
皆が首を振ると、ロブは待ってましたとばかりに続けた。
「経済課だって。じゃあ、経済に行く前はどこから来たと思う? 行政部だよ、行政部」
爆笑が弾けた。
「クソが」
ハサンが分厚い簿冊を机に叩きつける。
「後ろ盾があるってことだろ。俺らとは違う。ほら、仕事だ」
軽口を叩きながら、荷物を掴んで出ていく。
アランは黙って自分のものをまとめた。昨夜の、あの熱い身体。甘く乱れた呻きが、勝手に脳裏をよぎる。
同じ人間が、今日は礼儀正しい微笑を貼りつけている。それがひどく冷たく、遠い。
アランはこういう展開が大嫌いだ。
一夜の相手が、気まぐれに遊ぶだけの性の相棒が――あっという間に、自分の「上」に座る。胸の奥がざらつく。
「……ネロ」
もう一度、口の中でその名を転がす。想像以上に厄介な偶然だ。
手元には書類の束。手続き。山みたいなフォーム。
アランは息を吐き、17階の新しいオフィスへ向かった。
