第51章

松本彩世は、彼が別の女へ待ちきれないように駆けていく背中を見て、ただ滑稽だと思った。

引き留める素振りすら億劫で、感情の起伏が死んだ水面みたいな声で言う。

「行けば。仕事が大事なんでしょ」

新谷寒季は赦されたと言わんばかりに、ほっと息をつき、慌ただしく言葉だけ置いていく。

「早く帰れよ」

そして振り返りもせず、足早に店を出た。

夜の闇へ溶けていく後ろ姿を見送り、松本彩世は視線を切る。手を挙げて店員を呼び、テーブルに並ぶ「新谷寒季が箸をつけた料理」をすべて下げさせた。代わりに、あっさりした海鮮スープを一つ。

広い席にひとり。ゆっくり、丁寧に、優雅に食べ終える。

新谷寒季という役...

ログインして続きを読む