第1章
雫の成人式の日、彼女をいじめていた男子生徒が出所した。
「椿野雫は清純ぶった売女だ!」
楠木剛志が人混みの中から立ち上がり、その声はマイクを通して耳をつんざくように響き渡った。会場は一瞬にして騒然となり、無数の視線が刃のように壇上の雫へと突き刺さる。
彼女の身体がこわばり、涙が途切れた真珠のように美しい着物の上に滴り落ちた。その一滴一滴が、屈辱の刻印だった。
「楠木剛志! 黙りなさい!」
怒りが瞬く間に全身を駆け巡り、私は壇上へ駆け上がって震える雫を固く抱きしめた。
彼女の身体は恐ろしいほど冷たく、あの冬の夜に彼女を見つけた時とまったく同じだった。
様々な心ない言葉が彼女に浴びせられる。私たちが被害者であるにもかかわらず。
「椿野雫君、君への影響を考慮し、本校としては自主退学を勧告する」
校長は神妙な面持ちで眼鏡を押し上げ、机の上には分厚い苦情の手紙の束が置かれていた。
「あんな生徒がいると、うちの子たちが悪影響を受けます!」
一人の保護者代表が怒りに任せて机を叩いた。
「これ以上、学校の環境を汚染させるわけにはいきません!」
「雫は被害者です! どうして彼女が退学しなきゃいけないんですか!」
私は拳を固く握りしめ、指の関節が白くなる。
校長は困ったように首を振った。
「楠木君の家はコネがあってね、我々としても難しい立場で……」
「一週間の猶予をやろう。退学手続きを済ませなさい」
校長は最後の判決を下した。
私は呆然自失のまま帰路についた。この知らせをどうやって妹に伝えればいいのか、わからなかった。
家のドアを開けた瞬間、異様な感覚が胸に込み上げてきた。
おかしい。家に誰かいる。
リビングのテーブルと椅子の位置が微妙にずれている。ローテーブルの上のリモコンの向きも違う。
腰をかがめて確認すると、床には見慣れない足跡が残っていた。私と雫の靴のサイズよりずっと大きい。
空気中にかすかな煙草の匂いが漂っている。けれど、私たちの家では誰も煙草を吸わない。
氷水が心臓に注ぎ込まれるような恐怖に襲われ、私は警戒しながらスマートフォンを握りしめ、慎重に各部屋を調べていった。
一階に異常はない。私は抜き足差し足で二階へ上がった。
私の部屋のクローゼットの扉が、半開きになっている。いつもはきっちり閉めているはずなのに。
そして、その隙間から覗いているのは灰色のジャケット。今日、楠木剛志が着ていたのと同じ色の服だ!
心臓が雷鳴のように高鳴り、私は震える手で雫にメッセージを送った。
「絶対に帰ってきちゃダメ! 危ない!」
指がスクリーン上で狂ったようにタップする。
「早く警察か友達の家に行って! 楠木が家にいるかもしれない!」
クローゼットの扉がゆっくりと押し開かれ、楠木の獰猛な顔が覗いた。
「おっと、バレちまったか」
その時、階下から鍵が回る音がした。
静寂の中、金属のぶつかる甲高い音がやけに耳に障り、私の血液は瞬時に凍りついた。
「お姉ちゃん、ただいま。どうして電気つけないの?」
雫の澄んだ声が一階から聞こえてくる。その一言一言が、鋭いナイフのように私の心臓を突き刺した。
彼女は、私のメッセージを見ていない!
足音が階下で響き、ドアがゆっくりと閉まる。そして、錠のかかるカチャリという音が聞こえた。
