第9章

あの夜のことを思い出す。楠木に殺されかけたというのに、私は妙に冷静で、ただ静かに彼を見つめていた。

「橘慎也が何事もなかったかのように幸せに暮らしていくのを見て、それであなたは満足なの?」

「な、何を言ってるんだ!」

彼は神経質に左右を見回し、誰もいないことを確かめてから、再び私の首を締め上げてきた。

「言え、お前は何を知ってるんだ?」

記憶が潮のように押し寄せる。

三年前のT大推薦枠を巡る争奪戦。橘慎也が最有力候補だった。

けれど、姉の椿野栞の成績はあまりに優秀で、彼の最大の脅威となっていたのだ。

私は母の遺品の中から、破り捨てられた契約書を見つけた——橘慎也が...

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