第2章

 夫が浮気をするなんて、夢にも思わなかった。

 裏切りを誰よりも憎んでいたはずのあの男が、私を裏切るなんて想像もしなかったように。

 私たちは、互いが初恋だった。

 十七歳の時、私と早瀬翔真は潮見高校で出会った。私は文化祭の運営を担当する生徒会執行部委員、彼は掃除をサボってばかりいるの軽音部のギタリスト。

 文化祭の準備期間中、各クラスの掃除分担を管理しなければならなかった私は、彼がいつも不在で減点対象になることに手を焼いていた。

 最初は本当に彼が嫌いだった。

 無責任で、いつも私に迷惑ばかりかける。

 教室の飾り付けをチェックしている最中にギターをかき鳴らすし、体育祭のリレーで足が遅い私が最下位になると、わざわざ前から戻ってきて並走し、からかってくるような男だった。

 私の下駄箱に悪戯書きの紙を入れることもあった。

 けれど、あの年の夏祭りの夜。一人で帰宅途中に酔っ払いに絡まれた私を、自転車で通りかかった彼が助けてくれた。酔っ払いと取っ組み合いになり、酒瓶で肩を殴られて怪我までして。

 あの日から、翔真への見方が変わった。

 その後、彼は心を入れ替えたように掃除や生徒会活動に参加するようになった。

 同じ都市の大学に通うため、音楽専門学校への進学を諦め、私と同じ総合大学を選んでくれた。

 入学式後の新入生歓迎会で告白され、私たちは自然と結ばれた。

 大学一年の冬休み、彼の父親が浮気をして離婚し、母親が鬱病を患った末に自殺した。

 彼はアパートに引きこもり、食事も喉を通らない状態になった。

 私が駆けつけた時、彼は私を抱きしめて泣き崩れた。

 家庭を裏切るやつが一番許せない、と彼は言った。

「紗英、お前だけが俺の唯一の家族だ。俺は誓う。一生お前だけを愛し続ける。俺のすべてが紗英のものだ。もし裏切るようなことがあれば、俺は人間じゃない」

 大学を卒業し、私の両親に挨拶へ行った。両親も彼を気に入ってくれた。

 そして神前式を挙げた。

 結婚二年目、娘が生まれた。

 翔真は娘に「朱里」と名付けた。

 翔真から紗英への誓いが、灯火のように永遠に照らし続けるように、という意味を込めて。

 私たちは幸せな三人家族になった。

 子供ができてから、翔真はより一層仕事に精を出した。

 わずか二年で企画主任に昇進し、私も昇進した。

 生活は豊かになったが、翔真の帰宅時間は遅くなる一方だった。

 いつも深夜の帰宅。

「今日も仕事疲れたよ。でも家に帰って紗英に会えるとホッとするな」と言って抱きしめてくる。

 私はその言葉を信じ、幸せを感じていた。

 友人たちも、いい旦那さんだと羨ましがっていた。

 しかし、そのおしどり夫婦という仮面を剥がしてみれば、真実はあまりにも醜悪だった。

 私は遠藤葉月のインスタグラムをそれ以上見るのをやめた。女の勘だが、彼女の投稿はすべて私に見せるための「親しい友達」限定公開のような気がした。

 あの一枚だけで、翔真の浮気は確定だ。

 これ以上見る必要はない。

 私はその夜のうちに離婚届を記入し、署名欄に署名した。

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