第3章
彼に背を向け、こっそりと手を伸ばして胃をさする。
今日の仕事はあまりに忙しく、昼は水を数口飲めただけ。今、胃が焼けるように痛む。
個室の扉から一歩出た途端、月影隆志が突然二歩踏み出し、私を肩に担ぎ上げると、大股で外へと歩き出した。
「降ろして!」
私は驚きに飛び上がった。
「気でも狂ったの?」
「狂ってるのはお前の方だ!」
彼は私の尻を叩き、冷たい声で叱責した。
「星野立花、俺が前世でお前にどんな借りを作ったって言うんだ、今世でこんなに俺を苦しめるなんて!」
「隆志!」
背後から姫川凛が叫んだ。
「彼女をどこへ連れて行くの?」
「家に帰る」
月影隆志は振り返りもせずに言った。
月影隆志は私を彼の高級車に放り込むと、私の顔を掴んで言った。
「時々、本気でお前をこの世から消してやりたくなる」
「じゃあ今のは何?」
私はもがいた。
「誘拐のつもり?」
「黙れ!」
彼は怒鳴った。
「俺がお前をどれだけ探したと思ってる?六年だ!丸々六年!」
彼の表情は憎しみに満ちていたが、その眼差しの奥には、隠しきれない気遣いが潜んでいた。
彼はまだ、私のことを愛しているようだ。
私の何を愛しているというのだろう。
胃の痛みは増し、冷や汗がドレスを濡らす。彼は眉をひそめ、車内の小物入れから胃薬を取り出して私に渡した。
「飲め」
彼は命令した。
私は呆然とした。彼が、私の胃が弱いという持病をまだ覚えていたなんて。
「あなたには関係ない」
私は拒絶した。
「星野立花」
彼は歯を食いしばった。
「お前は本当に、人の好意を無にするのが得意だな」
彼は無理やり薬を私の口に押し込み、それから水の入ったボトルを差し出した。
私は錠剤を飲み込むしかなかった。
「飲み終わったわ。もう行かせてくれる?」
彼は答えず、ただ車を発進させた。
「車から降ろして」
と私は言った。
「無理だ」
「一体、何がしたいの?」
「お前を家に連れて帰る」
彼の声は低く、危険な響きを帯びていた。
涙が込み上げてくるのを、私は彼に気づかれないよう、素早く手の甲で拭った。
「月影さん、もう私に付きまとわないでくれる?いいかしら?」
私は無理に笑顔を作った。
「あなたに付きまとわれるの、本当に虫唾が走るわ!」
「それに、私はもう結婚して、自分の家庭があるの」
月影隆志は急ブレーキを踏み、車は道路の真ん中で停止した。
「結婚しただと?」
彼の声はほとんど歯の間から絞り出されたかのようだった。
「ええ、そうよ。何か問題でも?」
私はわざと軽く言ってみせた。
突然、彼は私を革張りのシートに押さえつけ、その修長の指で私の首を締め上げた。
「星野立花、信じない。今すぐ嘘だと言え。さもなければ、この世に生まれたことを後悔させてやる」
「真実が知りたい?」
私は彼の瞳をまっすぐに見つめた。
「いいわ、証明してあげる」
夜九時、私は月影隆志を連れて中央総合病院の小児科病棟へ来ていた。
観察窓越しに、私は病室で絵本を読んでいる小さな女の子を指して彼に言った。
「あの子が、私の娘よ」
なちゃんは私の人生で最も大切な宝物だ。顔立ちは私に似ているけれど、性格は月影隆志にそっくりで、意地っ張りだけど思いやりがある。彼女は完璧だ。でも、人というのは完璧すぎることは許されないのかもしれない。だから彼女はずっと病気で、同年代の子よりもずっと痩せていて、か細く、哀れに見えた。
「名前は、なちゃん」
私は彼女の年齢を隠した。
月影隆志は長い間なちゃんを見つめ、やがて拳を握りしめて病院の壁に叩きつけた。
彼は俯き、肩を微かに震わせ、ひどく打ちのめされた様子だった。
「星野立花、お前は本当に、毒婦だな」
彼はなちゃんの父親が誰なのか尋ねることもなく、自分の娘だとも気づかなかった。
「これで分かったでしょう?」
私は冷笑した。
「私には私の生活が、あなたにはあなたの婚約者がいる。これ以上、私たちの邪魔をしないで」
月影隆志は何も言わず、ただ背を向けて去っていった。
私はほっと息をついた。これで彼は諦めて、もう私に付きまとうことはなくなるだろうと思ったからだ。
