紹介
一番愛されていた年、私は彼の母親から五千万をもらい、お腹の子を堕ろして、彼を捨てた。
「そんなに酷いことするなよ…」
彼は病院の前で土下座して、泣きながら私にそう言った。
一生恨んでやる、と。
六年ぶりに会った彼は、月影製薬のトップに立っていて、もうすぐ結婚するという。
「お前も来いよ、俺の結婚式に。俺が別の女と一緒になるのを、ちゃんと見てろ」
彼は嘲笑うように聞いてくる。
「後悔、したか?」
……彼はまだ、知らない。
私が一人で、私たちの娘を六年間も育ててきたなんて。
その子が重病で、命の火が消えかかっているなんて、夢にも思っていない。
チャプター 1
月影隆志と別れて六年、私は同窓会で彼と再会した。
その時の私は、同級生に仕事の機会を恵んでくれと、みっともなく頼み込んでいる最中だった。
「高橋、本当にこの仕事が必要なの」
私は声を潜め、絶望感を悟られまいと必死に努めた。
「薬理学の基礎はしっかりしてるわ。知ってるでしょ、私の成績、ずっと学年でトップ3だったのよ」
高橋眞人は某製薬会社の人事部主管で、私たちと同じ薬学部のOBだ。
彼は気まずそうにシャンパンを一口呷り、視線を彷徨わせた。
「立花、分かってくれよ。今うちの会社は採用基準が厳しくて……君はもう六年、薬学の分野から離れているし、それに……」
「それに、何?」
私は問い詰めた。
「それに、君の今の職歴は……」
彼は言葉を濁した。
彼の懸念は理解できる。高級ナイトクラブのVIP受付係では、確かに製薬会社の採用基準にはそぐわないだろう。
でも、私にはもう他に選択肢がなかった。
「下っ端からで構わないの」
私は懇願した。
「研究アシスタントでも、ラボの技術員でも、どんな職種でもいいから」
娘の治療費を払える仕事が、どうしても必要だった。
高橋はひどく困った顔をしている。断りたいのは明らかだが、同級生のよしみで言い出せないのだろう。
彼が口を開きかけたその時、会場がにわかに騒がしくなり、彼を窮地から救った。
「どうしたのかしら?」
私は入口の方へ振り向いた。
月影隆志が入ってきた。スーツを着こなし、その一挙手一投足にはエリートの風格が漂っている。
六年の間に、彼は記憶の中よりもずっと成熟し、眉間には落ち着きと威厳が宿っていた。
高橋はほっと安堵の息をつく。
「どうやら大物が来たみたいだ。すまない、立花、ちょっと挨拶に行かないと。また……また日を改めて話そう」
彼はそそくさと立ち去り、私を一人、隅に取り残した。
私はため息をついた。
「隆志、やっと来たか!」
一之瀬隼が熱心に彼を迎え入れる。
「今日は大事な会議があるから来れないって言ってなかったか?」
月影隆志は微かに笑みを浮かべた。
「会議が早く終わったんだ」
「お前がこんな小さな集まりに来るなんて珍しいな」
一之瀬は彼の肩を叩く。
「昔の同級生が来てるって聞いて、今のあいつらがどんなもんか見に来たのか?」
「立花のためにわざわざ来たんだろ?」
誰かが彼の肩を叩き、艶めかしい口調で言った。
「ここ数年、ずっと彼女の消息を探してたって聞いたぜ。今日やっと会えたわけだ」
私の隣にいた人にぐいと押され、人垣から突き出されてしまった。
「そうだよな、月影はあんなに立花を愛してたんだ、本当に忘れられるわけがない。今、立花もいるんだし、ちょうどよく元の鞘に収まれるじゃないか」
彼の前に硬直して立つ私に、氷の刃のような視線が頬を滑っていくのを感じた。
「久しぶり」
月影隆志の声には、温度が一切なかった。
「久しぶり」
私は平静を装うのに必死だった。
一之瀬隼の顔が途端に険しくなる。
「立花もいたのか?今どこで働いてるんだ?まだあの小さな診療所か?」
「違うわ」
私は短く答えた。
「じゃあどこの病院だ?」
彼はさらに問い詰める。
「医療業界にはいないの」
一之瀬は大笑いした。
「どっかの高級ナイトクラブで受付やってるって聞いたぞ?薬学部の秀才が、最後は水商売にまで落ちぶれるなんて、本当に残念なことだな!」
好奇と嘲りに満ちた皆の視線が、私に集中するのが分かった。
月影隆志の瞳に複雑な感情が揺らめいたが、すぐに冷淡なものへと戻った。
彼は私を軽蔑するように見つめる。
「そうだ、立花。お前は知らないだろうが、隆志は来月、結婚式を挙げるんだ」
彼は月影隆志と結婚する女性について語り始めた。もう三年も付き合っていて、とても良い子で、家柄も良く、隆志にとてもお似合いなのだと。
話し終えると、彼は皆を月影隆志の結婚式に招待し、そして私にも一枚、結婚式の招待状を投げ渡した。
「お前も来いよ」
招待状を受け取り、箔押しされた名前を俯いて見つめる。
月影隆志と姫川凛。
姫川凛。姫川医療グループの令嬢だ。報道で見たことがある。彼女はとても美しかった。
「おめでとう」
私は無理に微笑みを絞り出した。
「結婚式には来なくていい」
月影隆志が不意に冷たく言った。
「俺の婚約者が君を見ると不機嫌になる。彼女が不機嫌になると、俺の胸が痛むんだ」
「分かったわ」
私は頷き、招待状を彼に返した。
「お幸せに」
「幸せ?」
月影隆志は嘲るように笑った。
「立花、君に俺の幸せを祝う資格がどこにある?」
私は返す言葉もなかった。
皆が私を歓迎していないのは明らかだったし、ここで仕事を見つけることもできなかったので、私は早々にパーティーを後にした。
ほどなくして、鈴木から姫川凛の写真が送られてきた。メッセージが添えられている。
『気づいた?彼女、笑った時があなたに少し似てる。隆志は彼女があなたに似てるから選んだのかしら?』
私は彼女の写真を半分ほど見つめてから、気にしていないと一言だけ返し、携帯の電源を切った。
会場からずっと遠くまで離れて、ようやく思った。全く気にしていないわけでもないと。
私たちが別れた時、ひどくみっともない諍いになった。
彼は私のために、家族と決裂し、月影家の富と地位を捨て、私と一緒に狭いアパートに暮らし、安いおにぎりを食べていた。
私は彼を不憫に思ったが、彼はいつも私の手を掴んで、大丈夫だと言った。ずっと一緒にいさえすれば、きっとこの時期を乗り越えて、明るい未来へ向かえるはずだと。
かつては私もそう思っていた。私が妊娠するまでは。
彼の母親が私を訪ねてきて、五千万円を差し出した。
「息子と別れなさい。その子も堕ろしなさい」
「私は息子さんを愛しています。彼も私を愛してくれています」
私は弁解しようとした。
「愛?」
綾子は冷笑した。
「あなたと一緒になるために、彼が何を諦めたか分かっているの?月影家の地位、富、将来。それに対してあなたは彼に何を与えられるの?後ろ盾のないただの娘が、彼の足を引っ張る以外に、何ができるというの?」
私は返す言葉もなかった。
私はその金を受け取ることを選んだ。
彼は病院の廊下で泣きながら私に懇願した。
「もう少しだけ時間をくれ。必死で仕事をするから。本当に、五千万なんていくらでも稼いでみせるから。もう少しだけ待ってくれ。俺と、俺たちの子どもを、捨てないでくれないか?」
私は答えなかった。
ついに彼は震える声で言った。
「もし本当に俺を、俺たちの子を捨てるなら、一生お前を恨んでやる!」
私は手術室へと押されていった。
彼は怒りに任せて去っていった。
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「?」
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原田麻友:「……私も知りたいわ。」













