第2章

「騙せたのか?」

学校の階段の踊り場で、佐藤宗樹は窓枠に寄りかかり、冷たい視線で近藤浩二を見ていた。

近藤浩二は得意げに笑う。

「大成功だ。あの転校生、中村正樹がお前だと百パーセント信じ込んでる」

「賭けてもいい。三日もしないうちに、あいつの親父が婚約破棄を申し出てくるさ」

佐藤宗樹は少し苛立った様子だったが、それでも念を押すように確認した。

「本当に信じたと、確信が持てるのか?」

「あいつが持ってた写真を見たんだ。お前の横顔だったが、中村正樹のやつと結構似てるんだよ」

「それに、佐藤家が破産した後、借金取りから逃げるために名前まで変えたって教えてやった。間違いなく信じるさ」

そばに立っていた裕福な家の息子たちも笑い出した。

「祖父も耄碌したものだ」

佐藤宗樹は首を振ってため息をつく。

「よりにもよって、田舎出のプログラマーの娘なんかと俺を婚約させるなんて。あいつの家の財産じゃ、東京でまともな家一軒すら買えんだろう」

近藤浩二は一瞬ためらった。

「でも、櫻井智香子って子、確かにすごく綺麗だったぞ。うちの学校の学園一の美少女より可愛い」

佐藤宗樹は鼻で笑った。

「綺麗だからなんだ?お前はあいつの父親に会ったことがあるか?セールスマンみたいにやたらと口数が多くて、田舎訛りがひどい。そんな世間知らずの家庭で育った娘が、いくら綺麗でも品性下劣に決まってる」

数人は笑いながら学校の裏門へと向かった。

近藤浩二がリュックから綺麗に包装されたギフトバッグを取り出し、佐藤宗樹に渡す。

「あの子が『佐藤さん』に渡してくれって。初対面の贈り物だそうだ」

佐藤宗樹は袋を受け取ると、軽蔑したように中身を検分した。丁寧に包装された静岡特産の茶葉、手作りの和菓子、そして小さな伝統工芸品。

「なんだこの田舎臭い品々は。これが連中の言う『高級な贈り物』か?」

彼はせせら笑い、袋を無造作に揺らした。

「このお茶のパッケージ、古臭すぎない?」

金持ちの息子の一人が覗き込みながら言った。

「うちのばあちゃんでもこんなの使わないぜ」

「こんな和菓子、今どき誰が食べるのよ」

別の女子が眉をひそめる。

「うちのお手伝いさんだって、こんな時代遅れのお菓子は買わないわ」

佐藤宗樹は嫌悪感を露わに、プレゼントの袋ごとそばのゴミ箱に投げ捨てた。

「まったく気分が悪い。こんなセンスのないものを佐藤家に送りつけてくるなんてな」

「このまま捨てちゃうの?」

女子生徒の一人が興味深そうに尋ねる。

「もし彼女に聞かれたらどうするの?」

佐藤宗樹は冷笑した。

「『中村正樹』が受け取ったと言っておけばいい。どのみち、あんな貧乏人に確かめに行くはずもないだろう」

教室で、私は中村正樹と積極的に交流しようと試みていた。

「近藤くん、私のプレゼント、あなたに渡してくれた?故郷の特産品なんだけど……」

私は期待を込めて尋ねた。

正樹は困惑した顔で首を横に振った。

「何も受け取っていません」

私は一瞬呆気にとられたが、たいして気にも留めなかった。きっと近藤くんが何か用事があって、まだ渡せていないだけだろう。

「ちゃんと授業を聞いてください」

正樹は短く言うと、視線を教科書に戻した。

何度か話しかけようと試みたが、正樹の素っ気ない返事に、私は少ししょげてしまった。

授業終了のチャイムが鳴り、私はスマホを取り出して父に電話をかけた。

「お父さん、佐藤家って本当に破産したみたい」

私は声を潜めて言った。

「彼、今は中村正樹って名前で、古い制服を着て、アルバイトを三つも掛け持ちしてるって……」

電話の向こうから、櫻井健太の朗らかな笑い声が聞こえてきた。

「相手の家の事情が変わったからって、こっちから婚約を反故にするなんてできないだろう。……いざとなったら、俺たちが支援してやればいい。うちはそのくらいのお金に困っちゃいないんだからな」

電話を切り、私は窓の外を足早に学校から去っていく正樹の後ろ姿を見つめ、心に同情の念が湧き上がった。

「中村くん、本当に大変なんだ。お父さんが言ってたような、プライドの高いお坊ちゃまとは全然違う」

夕方、私は正樹の後をつけて上野の古い商店街までやって来て、彼が小さな屋台で手作りの和菓子を売っているのを見つけた。

「櫻井さん?」

正樹は突然現れた私を見て驚いている。

「どうしてこんな場所に?」

私は笑って彼に弁当箱を差し出した。

「買いすぎちゃって……食べ物を無駄にするのはエコじゃないから」

正樹は一瞬ためらったが、弁当を受け取った。

私は屋台のそばに座り、正樹が毎日三つのアルバイトを掛け持ちしていることを知った。朝はビラ配り、夜は商店街で和菓子を売り、深夜はコンビニで働くのだという。

「どうして、僕にそんなに良くしてくれるんですか?」

商店街の片隅で、正樹は戸惑ったように尋ねた。

「僕みたいな人間と関わると、クラスメイトに何か言われると思いませんか?」

「隣の席じゃない」

私は一片の迷いもなく、真摯に答えた。

「それに今日は、数学の問題も教えてくれたし」

薄暗い明かりの下で、正樹の瞳がキラリと光った。

「私、あなたのいいな……」

私は咄嗟に口をつぐんだ。

「ううん、私はあなたのクラスメイトなんだから。クラスメイト同士、助け合うのは当たり前でしょ」

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