第60章

劇場で幽霊に遭った件は、もう何日も前のことだ。なのに高瀬拓真は、目を閉じるたびに、長髪の女があの悪霊を口の中へ押し込んだ光景ばかりが浮かんでしまう。夜更けの静けさの中では、あの小気味いい噛み砕く音まで蘇る。ガリッ、ガリッ、ガリッ……。

あの夜の記憶は、何度も何度も夢に入り込んでくる。眠っている間ですら落ち着かない。拓真はついに心療内科にまで足を運んだ。あの恐怖から抜け出したかった。

それに、あのときまでは拓真も、あの不気味な長髪の女は幽霊なのだと思い込んでいた。人を食わないぶん、どこかに人間らしさが残っている――いわば「害のない幽霊」だからこそ、あの夜、自分たちは生きて帰れたのだと。

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