第3章
よく考えてみれば、すべてには早くから兆候があったのだ。
例えば、二年前にあったあの不可解な別れ。
あの日、私は北海道への温泉旅行を計画していた。画面には丹念に練ったルートマップと、温泉旅館の予約ページが映し出されている。
幸広が突然私の背後に立ち、画面を長いこと黙って見つめていた。
「千絵子、俺はお前の望む未来を与えられない」
彼は突如、そう言った。声には言いようのない重みがこもっていた。
私は当時、経済的な問題だと思い、すぐに彼を慰めた。
「一緒にシステムアーキテクトの資格を取ればいいじゃない。月給だって四十万まで上がるわ。そうすれば、お母様も反対しないはずよ」
幸広は視線を逸らしながらも、異常なほど断固としていた。
「千絵子、君にはもっといい人がいる」
私は怒りで震えた。
「染宮幸広、あなたはただの臆病者よ。私のこと、そこまで愛してなんかないんだわ!」
今にして思えば、彼が心配していたのは経済問題ではなかった。私の未来に対する期待を目の当たりにして、突然良心が咎めたのだろうか。
別れてから、私たちは長いこと会わなかった。東京は広い。生活に何の接点もない二人が出会うことなど、まずない。
数々の巡り合わせの末、私が染宮グループに入社するまでは。
開かれた会議室で、私と彼は再会した。
彼は長い沈黙の末、ようやく口を開いた。
「奇遇だな」
その日、昼間は私たちはお互いに口を利かなかった。会社全体に二人きりになるまで。
私は彼の前に歩み寄り、言った。
「染宮幸広、一度だけ訊くわ。私と復縁するの、しないの」
彼はため息をつきながら私を腕の中に抱きしめ、額に軽くキスをした。
「馬鹿だな、お前は」
それからというもの、彼のデスクは私の隣になった。
入社して三ヶ月目、私は別のプロジェクトに派遣された。
当時のプロジェクトマネージャーは何度も私に手を出してきたが、私はすべて我慢した。
プロジェクトがすでに最終段階に入っており、ボーナスが非常に高額だったからだ。
ただ、私は自分の悔しさを隠しきれず、夜中に幸広に泣きついた。
まさか翌日、田村が突然『ネットワーク監査部門』に連行され、調査を受けることになるとは。彼のパソコンから大量の違法コンテンツが見つかったそうだ。
幸広はその時、私を慰めてくれた。
「悪い奴は必ず報いを受けるんだ」
あのような精密なネットワーク証拠収集には、どれほどのレベルの技術的背景と権限が必要なのだろうか。
普通のプログラマーには絶対にできない。会社の最高権限を持つ者だけが、人知れずこのような操作を完遂できるのだ。
ああ、野村チームリーダーもだ。
野村健太の幸広に対する態度は、ずっと奇妙だった。
表向きは厳しく批判するのに、実際にはいつも彼の技術方案を無条件で通していた。
私はそれを、チームリーダーの性格がそういうものなのだと思っていた。まさかそれらすべてが、染宮の指示だったとは。
私はどっと疲れを感じた。
彼の欺瞞を恨むべきなのか、それとも自分の愚かさを恨むべきなのか、分からなかった。
窓の外はすでに白み始め、東京の空が目を覚まし始めている。
私は痛む目をこすりながらも、布団をめくり、スリッパに足を入れた。
「どこへ行くんだ?」
幸広がドアから顔を覗かせ、その目には心配の色が浮かんでいた。
「出勤よ」
私は無理に笑顔を作った。
「もうだいぶ良くなったから。今すぐ帰って身支度しないと、遅刻しちゃう」
「病欠を一日取れよ。休養が必要だ」
彼は歩み寄り、そっと私の手首を握った。
「病欠手当は少なすぎるもの。割に合わないわ」
私は笑って彼を軽く押した。
「あなたも出勤して。休むのは許さないから」
普通の人間に、わがままを言う権利なんてないのだ。
