第5章

長崎の初冬は霧深い。私はマフラーをきつく巻き直し、私立の診療所へと歩を進めた。

手にした革のハンドバッグの中には、夫の毛髪のサンプルが入っている。医療用の密封袋に入れ、大事に保管したものだ。

お腹の子が藤井英介とは無関係だと証明されれば、彼らが私の生活に干渉する理由はなくなる。

診療所の入り口で、私の足がふと止まった。

水野月がそこに立っていたからだ。以前金沢で会った時よりも、さらに気品を漂わせている。一目で限定品と分かるハンドバッグを提げ、メイクも完璧で、その立ち居振る舞いからは海外生活の洗練された空気が滲み出ていた。

その傍らには古森秀樹が控えている。相変わらず黒縁眼...

ログインして続きを読む