彼と別れたあと、妊娠したが、お腹の子は、彼の子じゃない

彼と別れたあと、妊娠したが、お腹の子は、彼の子じゃない

渡り雨 · 完結 · 26.1k 文字

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紹介

藤井英介と別れて四ヶ月。

プライベートクリニックで、妊娠している姿を彼に見られてしまった。

彼は、私が子供を盾に復縁を迫ろうとしているとでも思ったのだろう。嘲るような笑みを浮かべ、こう言った。「馬鹿な真似はよせ」と。

その後、彼のアシスタントが持ってきたのは一枚のカード。「藤井家は私生児に何の期待もしていない。分をわきまえろ」とのことだった。

私はその申し出を断り、幸せいっぱいの笑顔でこう返した。

「皆様、勘違いなさっているようですわ。この子はもちろん、私の夫との子供です」

「藤井様とは、何の関係もございませんから」

チャプター 1

長崎の初冬、海から吹きつける風が頬を刺すように痛かった。

目の前には、隙のないスーツ姿の古森秀樹が立っている。彼は私に一枚のキャッシュカードを差し出した。

数ヶ月ぶりに会う彼は、相変わらずエリート然とした佇まいを崩していない。

「竹内さん、藤井様からのお気持ちです。受け取ってください」

古森秀樹の声は、まるで明日の天気を話題にするかのように平坦だった。

「これがお互いにとって最善の解決策だと、あの方はお考えです。それから……子供を利用して今の地位から這い上がろうなどという考えは、捨てていただきたい」

這い上がる?

私はただ、礼儀正しく微笑んでみせた。

「藤井様には感謝をお伝えください。ですが、何か誤解されているようです。これは私と夫の間の子供であり、あの方とは何の関係もございません」

古森秀樹は微かに冷笑を浮かべた。無意識のうちに、その可能性を否定しているようだ。

「信じられませんか? ですが、私たちは二ヶ月前にここ長崎で入籍を済ませています」

「野心は一人前だが、あまりに世間知らずだ」

古森秀樹は、かつて藤井英介が私に吐き捨てた言葉を静かに繰り返した。

その口調には、憐れみすら滲んでいる。

「藤井様のあなたに対する評価は、相変わらず的確ですね」

長崎の冬は金沢のように重たい雪に閉ざされることはない。だが、湿り気を帯びた海風は同じくらい骨身に染みる。私はコートの襟をかき合わせ、腹部に宿る小さな命の鼓動を感じた。その微かな重みが、不安をいくらか払拭してくれる。

「それで、現在妊娠何週目です?」

古森秀樹は驚いたような素振りを見せるが、その瞳は嘲りを隠そうともしない。

「十二週、といったところです」

私は正直に答えた。

「十二週」

古森秀樹の口元に、意味深な笑みが浮かぶ。

「あなたが金沢を去った時期と、あまりに符合しすぎる。それでも本当に、藤井様とは無関係だと言い張るおつもりですか?」

私は携帯を取り出し、結婚式の写真を見せた。

「写真は証拠になりませんよ、竹内さん」

彼の口調は依然として穏やかだが、言葉に含まれる脅威はもはや明白だった。

「藤井家は『隠し子』の存在など望んでいません。そのことは、あなたが誰よりもよくご存知のはずだ。藤井様は、あなたを二度目の堕胎手術へと送ることを躊躇わないでしょう」

また、あの時と同じように?

細かい雨が降り始め、私の髪を濡らしていく。

私は顔を上げ、少し離れた場所にあるカフェに視線を送った。ガラス窓の向こうから、藤井英介が冷徹な眼差しでこちらを見下ろしている。

距離があっても肌で感じる。あの嘲笑と支配欲に満ちた視線。彼は待っているのだ。私がかつての金沢での出会い——八年前のように、窮して屈服する様を。

古森秀樹の声が雨水のように記憶の隙間へ染み込み、封印していたはずの痛みを呼び覚ます。

「金沢での出来事を、お忘れではないでしょう」

忘れるはずがない。

それは、藤井英介の傍にいた時に授かった子供だった。だが与えられたのは父親からの祝福ではなく、憎悪と嫌悪に満ちた眼差しだけ。

彼は予定外の事態を嫌い、突然の妊娠を疎み、それを隠していた私を何よりも憎んだ。

中絶手術の後、医師は告げた。特異体質のため、今後妊娠できる確率は極めて低い、と。

だからこそ、私は今の妊娠を奇跡のように大切に思っている。

ようやく巡り会えた、祝福されてこの世に生を受けるはずの子供。

「同じ苦しみは、二度と味わいません」

私は古森秀樹の目を真っ直ぐに見据えた。声は柔らかく、しかし意志を込めて。

「金沢で失ったあの子のことは、もう過去のこととして受け入れました。これは正真正銘、私と今の夫との子供です。藤井家とは関係ありません。それを彼やあなたが信じようと信じまいと、私にはどうでもいいことです」

「竹内さん、藤井様はあなたが子供を使って財産や地位を要求することを懸念されているのです。もしそれが事実だと確認されれば……藤井様がどのような手段に出るか、おわかりでしょう」

彼らのような人間は、一度抱いた偏見を一生捨てようとはしないらしい。

「藤井様にお伝えください。私はもう、何もわきまえていなかったあの頃の小娘ではありません」

深く息を吸い込むと、雨の雫が頬を伝って落ちた。

「私はあの方の傍で多くを学びました。自分自身と、大切な人を守る術も含めて」

もっとも、私自身は彼に守られることも、大切にされることもなかったけれど。

古森秀樹の表情が一瞬だけ揺らいだが、すぐに能面のような顔に戻った。

私の言葉は一字一句違わず、藤井英介に報告されるだろう。

再びカフェに目を向けると、すでに藤井英介の姿はなかった。望んだ答えを得たのか、それとも私の顔などもう見たくなかったのか。

どちらでもいい。

今回だけは。

私は決して、同じ過ちを繰り返さない。

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