第4章

「ラーメン屋?」

未来の計画を口にした私に、神崎圭也はまるで宇宙人でも見るかのような表情を向けた。

私は頷き、振り返ってカーテンを引いた。

冬の夜、窓にはすでに薄い霧の層ができていた。私は指でその霧の上に気ままに笑顔を描き、すぐにそれを拭き消した。

「私の話、聞きたくない?」

窓に映る自分のぼんやりとした影を見つめ、私はそっと問いかけた。

神崎圭也はすぐさま姿勢を正す。まるで先生の昔話を聞く小学生のようだ。

その隠しもしない好奇心に、私は思わず笑みをこぼした。

「少し、長い話になるけど」

「時間はたっぷりあるよ」

彼は苺ミルクを手に、まっすぐな眼差しで私を見つめている。

私は深く息を吸い込み、これまで神崎増山には決して話さなかった過去を語り始めた。

「私ね、九州の田舎の人たちとは顔立ちが少し違ったの。子供の頃、村の人たちによく噂されてた。祖父母の実の孫娘じゃないんじゃないかって」

『血筋が違う? どういう展開だ?』

『まさかのお嬢様誘拐設定?』

「大学一年生の時、誘拐された子供の事例について話す授業があった。講師が失踪児童の写真を一枚映したんだけど、その子が……小さい頃の私と、すごく似てたの」

私の声は少し震えていた。

「すごく怖くなって、その夜のうちに荷物をまとめて村から逃げ出した」

「それで?」

彼は恐る恐る続きを促す。

「それで……」

私は苦笑して首を振った。

「大惨事。祖父母が隣人から軽トラを借りて私を追いかけてきたんだけど、山道で桜の木にぶつかっちゃって」

「うそだろ! お二人は無事だったのか?」

「人は無事だったんだけど、桜の木が倒れて、庭のかまどに直撃したの。火が祖父母が丹精込めて育てていた鶏小屋に燃え移って……」

「待って」

神崎圭也が不思議そうに私の話を遮った。

「君の家って、小さな農場があるんじゃなかったっけ?」

私はため息をついた。

「鶏小屋の鶏は卵を産むでしょ。その卵はまた雛に孵る。この繁殖スピードで計算すると、私は祖父母に養鶏場まるごと一つ分の借りができちゃったわけ」

祖父母が大丈夫だと言ったのは、ただ私を慰めるためだったと知っている。

お年寄りたちはそんな損失なんて気にしていなかった。彼らが気にしていたのは、ただ私の安全だけ。

村の人たちが山の廃神社近くで私を見つけた時、おばあちゃんが泣きながら私を叩いたのを覚えている。

その時初めて気づいた。私が彼らの実の孫であろうとなかろうと、彼らは心から私を愛してくれているのだと。

「じゃあ、君が東京に来たのは、本当の両親を探すため?」

神崎圭也は鋭く物語の核心を突いた。

私は頷く。

「もしお金持ちの実の両親を見つけられたら、祖父母に楽な老後を送らせてあげられるかもしれないって思ったの」

「それで? 見つかったのか?」

「同じ苗字の裕福な家庭を突き止めた。――佐藤家。彼らはかつて娘を一人、失くしていた」

私は苦笑しながら続けた。

「最初は受け入れてくれた。でも、その後……佐藤真奈が現れたの」

「佐藤真奈は大学の人たちを使って私を孤立させた。最終的に佐藤家も私を『偽物』だと決めつけて、追い出した」

私は俯いた。

「でも、ちゃんと大学を卒業するって祖父母と約束したから。追い出されても、東京に残り続けた」

「それで君は……その……」

神崎圭也は言い淀んだ。

「パパ活」

私ははっきりと告げた。

「そうよ。学費と生活費のために」

室内が短い沈黙に包まれた。

神崎圭也は突然立ち上がり、瞳を潤ませた。

「やっぱり君は、佐藤真奈とは違うって信じてた」

彼は二箱目の苺ミルクに手を伸ばそうとし、私は慌ててそれを止めた。

「一日一箱まで。じゃないと生活費が足りなくなる」

神崎圭也はきょとんとし、すぐさま痛ましげな表情を浮かべた。

「由紀菜、抱きしめてもいい?」

『神崎くんマジ天使!』

『親友キャラの株爆上げ中』

私は拒まなかった。

彼の抱擁は温かく、少しも攻撃的ではない。神崎増山の独占欲とは全く違うものだった。

玄関まで彼を見送った時、神崎圭也が不意に尋ねた。

「俺たちって今、どういう関係?」

私は彼の目をまっすぐ見つめた。

「あなたが最初に私に近づいたのって、お兄さんを怒らせて、佐藤真奈に嫌がらせするためじゃなかったの?」

神崎圭也は顔を赤らめた。

「最初は……確かにそういう考えもあった。でも、今は違う! 俺は本気だ!」

『親友キャラが本命になるフラグ立ったぞ!』

『ヒロインと主人公の恋愛より応援してる』

弾幕を見て、私は心に決めた。

「神崎圭也。毎月二十万円、私を支援してくれるって言ったわよね?」

彼は真剣な顔で頷いた。

「言ったことは守る」

「わかった、圭也くん」

私は静かに応じた。

神崎圭也はスマホを取り出し、私の目の前で連絡先の名義を「佐藤由紀菜」から「推し彼女」に変更し、ピン留めした。

去り際に、彼から一件のLINEメッセージが届いた。

「また明日、由紀菜ちゃん」

『フラグ崩壊キタ━━━(゜∀゜)━━━!!』

『ヒロインどうなるの?』

スマホのメッセージを見つめながら、私は初めて未来にほんの少しの期待を抱いた。

もしかしたら、今度こそ私は、自分の運命を掴めるのかもしれない。

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