第3章
佑梨の視点
月曜の朝。私は杉本グループの会議室へと足を踏み入れた。
嘘はついていない――蒼光画廊は、実際に杉本グループのアート作品取得プロジェクトを勝ち取ったのだ。もちろん、それを実現させるために、私はあらゆる手を尽くしたけれど。
部屋は、長いテーブルの両脇に座る役員たちで埋め尽くされている。上座には俊介がいて、私が入室すると、彼の眉がほんのわずかに寄せられた。ほとんど気づかないほどの動き。でも、私には分かった。
「皆様、こちらが蒼光画廊の桜井佑梨さんです」と、プロジェクト責任者が紹介する。「新社屋のアート作品取得を担当していただきます」
私はプレゼンテーション資料を開き、提案を始めた。
「杉本グループのブランドイメージを考慮し、現代アートと古典アートの融合をご提案いたします……」
私はプロに徹する。プレゼン資料は完璧だ。でも、その間ずっと、彼の視線を感じていた。彼はスクリーンを見ていない。私を見ている。
ホワイトボードに何かを書き込もうと身を乗り出すと、彼に私の胸元が見えることは分かっていた。スクリーンを指さそうと体をひねるときは、スカートのスリットから必要以上に脚をのぞかせた。
会議が終わり、皆がぞろぞろと退出していく。私が資料をまとめていると、俊介が近づいてきた。
「君の提案はしっかりしている」彼はあくまでビジネスライクに言った。
「ありがとうございます」私は彼を見上げる。「では、これから一緒に仕事ができますね?」
彼は三秒間、私をじっと見つめた。
「契約に従ってくれ」
「仕事の話だけですか?」私は一歩近づく。「昔みたいにおしゃべりもできませんか?」
彼は半歩後ずさる。
「佑梨、俺は忙しい」
私が彼に近づくたびに、彼は後退する。
「では、お引き止めはしません」私はバッグを手に取り、彼のそばを通り過ぎる際に、わざと間を置いた。「でも、もし話したくなったら、いつでもお相手しますよ」
私の指が、彼の手にかすかに触れた。ほんの一瞬。でも、彼を凍りつかせるには十分だった。
私は微笑みながら部屋を出た。
その日の午後、大和がインスタグラムに写真を投稿した。彼とあの萌ちゃんがビーチにいる写真で、彼女はビキニ姿で彼の膝の上に座っている。
キャプションは、「俺を自由にしてくれた元カノに感謝。ようやく人生の楽しみ方を知ってる子を見つけたよ」
コメント欄はすでにゴシップで盛り上がっている。私はスマホを閉じた。どうでもいい。
しかしその数分後、またスマホが光った。大和がコメント欄にこう書いた。「別れた後も察しが悪い奴っているよな。哀れだ」
私が言い返そうとしたその時、俊介が投稿した。「黙れ、大和」
とても簡単な言葉。でも、私の心はそれでも温かくなった。
水曜の夜、私は画廊で残業していた。外に出ると、土砂降りの雨。傘はない。
住んでいるアパートのエレベーターは故障中。七階分の階段を上らなければならなかった。ドアに着く頃には、ずぶ濡れでブルブルと震えていた。
熱いシャワーを浴びても効果はない。体はどんどん冷えていく。体温を測ると、三十八度五分。
熱だ。
ベッドに倒れ込むと、頭がズキズキと痛んで、薬を取りに行くことさえできない。うつらうつらしていると、ドアのチャイムが鳴った。
よろよろとドアに向かう。
そこには、薬局の袋ととしたを持った俊介が立っていた。
「俊介……」私は目をしばたかせた。
「君の部屋の明かりが見えたから、通りがかりに寄っただけだ」彼は眉をひそめ、じっと私の顔を見つめてきた。「すごい熱じゃないか」
彼の手が私の額に触れる。彼の表情が険しくなった。
「熱がある」
「ただの風邪よ……」
「中に入れ」彼は私を押しのけるようにしてアパートに入ってきた。
彼がここに来るのは初めてだった。
彼は薬と食べ物をテーブルに置き、袋を開けた。
「これを飲んで」彼は温かい水をグラスに注いでくれる。
手を伸ばすが、震えてしまう。
「自分でできる……」
「意地を張るな」彼は魔法瓶を開け、お粥をスプーンですくった。「まず食べろ。空きっ腹に薬を飲むと胃が荒れるぞ」
彼が、私に食べさせてくれる。
彼をじっと見つめていると、不意に目の奥がツンとした。
四年。誰かにこんなふうに看病してもらうなんて、四年間なかった。
「開けろ」と、彼は静かに言った。
私は口を開ける。温かいお粥が喉を滑り落ち、寒気の一部を追い払ってくれる。一杯、また一杯と。彼は辛抱強い。
お粥がなくなると、彼は錠剤と水を差し出した。
「これを飲んで、少し寝ろ」
私は薬を飲み込んだ。彼が帰ろうと立ち上がる。
「行かないで」私は彼の袖をつかんだ。「一人でいるのが怖いの……」
大げさに言っている自分もいる。でも、本当に地獄のような気分だったのも事実だ。
彼はためらい、やがてため息をついてベッドの端に腰掛けた。
「寝ろ。君が眠るまでいてやる」
私は横になる。薄暗い光の中で、彼の横顔はシャープなラインを描いている。
「俊介」私はそっと言った。
「なんだ?」
「どうして四年前、いなくなったの?」
長い沈黙。
「君を壊してしまうわけにはいかなかったからだ」
「どうやって私を壊すっていうの?」
彼は私の方を向き、その瞳には複雑な感情が揺れていた。
「佑梨、俺たちがしたあの夜のことが、どれだけ間違っていたか分かっているのか?」
「何が間違っていたの?」
「俺が君を育てたんだ」彼の声がかすかに震える。「君が七歳の時から。成長するのを見てきた。娘のように育てた。なのに俺は……」
「でも、私を愛してる」私は彼の言葉を遮った。「愛してるんでしょう?」
彼は目を閉じた。
「それは言い訳にならない。それが余計に問題を悪化させるんだ」
「私はもう二十五歳よ」私は身を起こし、さらに近づく。「もう子供じゃない。そして、ずっとあなたを愛してきた。それは一度も変わってない」
私は彼の顔に触れた。
彼の全身がこわばる。
「俊介、どうして私たちを苦しめるの?」
そして私は、彼の顎にキスをした。柔らかく、短いキス。
でも、彼を跳び上がらせるには十分だった。
「熱があるんだ」彼の声は張り詰めている。「自分が何をしているのか分かっていない」
「分かってるわ」私は彼の手を掴む。「杉本俊介、私の目をちゃんと見て、私を愛してないって言ってみて」
彼は私を見る。その瞳は欲望と、痛みと、葛藤に満ちていた。でも、その言葉を口にすることはできない。
ついに、彼は自分の手を引き抜いた。
「少し休め」
彼は逃げるように部屋を出ていった。ドアは静かに閉まったが、静まり返ったアパートの中では、耳をつんざくような音に聞こえた。
翌朝、熱は下がっていた。テーブルにメモが置いてある。
「薬はテーブルの上だ。時間通りに飲め。水分を摂れ。体に気をつけろ」
私はそのメモを胸に押し当てた。
その時、スマホが鳴った。
大和からだ。
「叔父さんがお前のとこに泊まったって聞いたぜ?」彼の声は嘲笑に満ちていた。「佑梨、お前、本気でそこまで必死なのか?自分の育てた人にまで手を出すなんて。それ、ヤバいと思わないわけ?」
胃がひやりとする。
「あなたには関係ないことよ」
「全員に知らせてやるからな」大和は悪意を込めて言った。「お前が、父親代わりの男を誘惑して奪った女だってことを」
「そんなこと……」
「見てろよ」
彼は電話を切った。
私はスマホを握りしめ、手のひらが汗ばんでいた。
俊介を愛するのは私の選択だ。私のせいで、彼が脅かされるなんて嫌だ。
