第73章 正木稲巳は最初から彼女を信じたことがない

「先生、もし特にご用がなければ、先に失礼します」

狩野姫空が一礼して席を立つ。

市川邦生は小さくうなずいただけで、余計なことは言わなかった。

狩野姫空が出るなら、と梅崎宇作も続いて頭を下げ、彼女と並んで研究室を後にする。

廊下へ出たところで、正木稲巳と鉢合わせた。

狩野姫空は分かっていた。避けようがない――いや、避ける必要もない。

正木稲巳は彼女の顔を見るなり、わずかに目を見開く。

「……なんでここにいる?」

梅崎宇作が驚いたように狩野姫空を見た。

「正木社長、何かご用ですか?」

姫空は冷えた声で問い返す。

正木稲巳の眉がきゅっと寄った。

「俺を、何て呼んだ?」

「...

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