第3章
三年前、田中安子の死の知らせがT大学医学部で広まった時、私はまだ藤原潔志という人を知らなかった。
ただ偶然耳にしたのは、かのヨーロッパで活躍していたヴァイオリン奏者の田中安子が、心臓移植科主任である藤原潔志教授の初恋の相手だったということだけ。
当時の私は、藤原潔志に対して敬慕の念しか抱いていなかった。先天性心疾患の患者として、彼の臓器移植分野における功績を仰ぎ見てはいたが、いつか彼と深い繋がりを持つことになるとは夢にも思わなかった。
田中安子本人に会ったことすらない。医学部の廊下で耳にした、彼女に関する断片的な噂話——才能に溢れながらも若くして世を去った女性。
その頃、私の病状は急激に悪化していた。
毎朝、私は病院の下で待ち続け、藤原潔志に会って自分の病状を尋ねたいと願っていた。
数日間待ち続けた末、桜が舞い散るある朝、ついに彼と会うことができた。
意外だったのは、彼の表情が噂に聞く最愛の人を失った悲痛な面影とは全く異なっていたことだ。
その足取りは穏やかで、顔立ちは平静そのもの。まるで既に悲しみを乗り越えたかのようであり、また、まるで一度も本当に悲しんだことがないかのようでもあった。
「佐藤さん」
彼が初めて私と長く話した。
「あなたのカルテは拝見しました。先天性心疾患で、すでに移植が必要な段階にある、そうですね?」
彼の声は穏やかで専門的であり、私の病歴や症状について詳細に尋ねてきた。臓器移植の成功例は少ない。適合する心臓を見つけるというその段階が、すでに困難を極めるからだ。
しかし藤原潔志は私に告げた。
「適合する心臓ドナーが見つかりました。あなたを助けることができます」
生きることへの渇望を前に、私はほとんど躊躇うことなく手術に同意した。
あの時の私に、この心臓がやがて私を縛る枷となると、どうして想像できただろうか。
手術当日、藤原潔志が自ら執刀した。麻酔が効く直前、彼の目に、私には理解できない光が一瞬よぎったのが微かに見えた。
術後回復室で目覚めた時、彼は私のベッドの傍らに座り、モニターに映る私の心拍曲線にじっと視線を注いでいた。
「手術は成功です」
彼は奇妙な満足感を湛えた眼差しで言った。
「あなたの身体が、この心臓を受け入れました」
私の回復期間中、藤原潔志は毎日回診に訪れ、常軌を逸したほどの関心を私に示した。
一ヶ月後、私が退院の準備をしていた時、彼は突然私に告白した。
「絢子さん、私の妻になることを考えてはいただけませんか?」
物語の展開が、ただそれだけで終わったならよかったのに。私と彼が幸せに満ち足りた生活を送る、そんな結末だったら。
だが現実は、常に物語よりも残酷だ。
私はこの心臓の持ち主の正体を知ってしまった。それは同時に、私が望む幸福は決して手に入らないと運命づけられたことを意味していた。
この記憶が脳裏で一晩中渦巻き、夜が明ける頃、ようやく浅い眠りについた。しかしそれも束の間、電話のベルが私を驚かせた。
「絢子さん、こんなに朝早く申し訳ありません」
古画修復センターのアシスタントからだった。
「京都の古画修復プロジェクトについて、変更点をお伝えしなければなりません」
私は即座に覚醒した。
「どんな変更ですか?」
「あなたの参加枠が……取り消されました」
アシスタントの声には申し訳なさが滲んでいた。
「大学のある有力な教授が推薦した方に、その枠が渡ることになりまして」
私は受話器を握りしめた。心の中ではすでに察しがついていた。
「藤原潔志教授ですか?」
アシスタントは一瞬沈黙し、それを以て肯定とした。
電話を切った後、私はすぐに佐々木教授に連絡した。彼は丁重ながらも、直接的に告げた。
「藤原教授が、あなたの体調が不適切であるという理由で参加枠を取り消されたのです。彼は、田中若菜という若い女性を代わりに推薦されました」
「教授」
抑圧された感情で私の声は震えた。
「この機会を諦めたくありません。たとえ臨時スタッフとしてでも、京都のプロジェクトに参加する機会が欲しいのです。私には、この機会が必要なんです」
電話を置き、パソコンを開いて田中若菜のSNSアカウントを確認した。彼女はたった今、京都プロジェクトの参加枠を獲得したという写真を投稿しており、添えられた文章には、それが『藤原潔志』のおかげであると仄めかされていた。写真の中の彼女の輝くような笑顔が、私の目を刺した。
胸に突然、鋭い痛みが走る。心理的なものか、それとも本当に拒絶反応なのかは分からなかった。だがこの瞬間、私は病院へ行って藤原潔志に真偽を問いただそうと決心した。
病院に到着すると、私はまず外来で最新の健康診断報告書を受け取った。報告書は私の心臓機能が良好で、拒絶反応の兆候も一切ないことを示していた。医学的に見れば、私が京都のプロジェクトに参加する能力は十分にある。
藤原潔志のオフィスへ向かおうとした時、廊下の角から彼の声が聞こえた。私は足を止め、意図せずして彼と山本哲也医師の会話を耳にしてしまった。
「なぜ絢子さんの京都プロジェクトをキャンセルしたんだ?」
山本医師の声には詰問の色があった。
「彼女の体調なら全く問題ないはずだ。君のやり方はあまりにひどすぎる」
「田中若菜の面倒を見ているんだろう?」
山本医師は率直に言った。
「若菜は安子の妹だ。私には彼女の面倒を見る責任がある」
藤原潔志の口調には、当然だと言わんばかりの響きがあった。
藤原潔志の返答はぞっとするほど平静で、続けて彼はこう言った。
「絢子の安否はどうでもいい。だが、あの心臓にだけは、いかなる問題もあってはならない」
長い沈黙の後、山本医師がため息をついた。
私は壁に寄りかかり、眩暈を感じた。
彼の心の中では、私は終始、あの心臓の器に過ぎず、一人の人間ではなかったのだ。
かつて私は、耐え続ければ、愛をもって藤原潔志を温め続ければ、彼も変わってくれる、私に心を動かしてくれると信じていた。
しかし結果が示している。彼の心は、安子にしか動かされないのだと。
安子が死んだ後、彼の心は石になってしまった。
ちょうどその時、佐々木教授からメッセージが届いた。京都の古画修復プロジェクトに、ボランティアの枠が空いているという。
もし私がまだ興味があるなら、この身分でプロジェクトに参加できるとのことだった。
私はすぐに承諾の返信をした。そして指示通り、荷物をまとめるために家に戻る。参加者全員が今日出発するのだ。
ちょうどいい。私ももう東京にはいたくなかった。
帰り道、涙が絶え間なく溢れ出た。
藤原潔志から電話がかかってきたが、私は出なかった。
空港に着いてようやく、胸を締め付けていた息苦しさが和らいだ気がした。
もう、離婚すべき時なのだろう、と私は思った。
