心臓の器にされた私が死んだら、彼は狂ってしまった

心臓の器にされた私が死んだら、彼は狂ってしまった

渡り雨 · 完結 · 25.8k 文字

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紹介

憧れの藤原潔志教授と結婚できた!…と思ったのに、彼は私を愛してなんていなかった。

彼は私をコントロールして、どこにも行かせない。勝手な行動は絶対に許さない。

理由?私のこの体には、彼の初恋の人の心臓が入っているから。

そして、私が死にかけていた時。
彼は、どんなに痛い方法を使ってでも私を無理やり生かそうとした。

でも、もう…全部遅すぎたんだ。

チャプター 1

クラス会、久しぶりに会う同級生たちと居酒屋で会う約束をしていた。

個室の引き戸を開けると、見慣れた顔が目に飛び込んでくる。真っ先に私に気づいた委員長が、にこやかに声をかけてきた。

「絢子、やっと来たか!」

数人の女子がわっと集まってきて、口々に挨拶を交わす。

彼女たちの視線が私の背後を探るようにさまよい、委員長が笑いながら尋ねた。

「藤原先生は? どうして一緒に来なかったんだ?」

「潔志、今夜は病院で心臓移植の手術があるの」

私は小声で答えた。

「さすがだなあ、三十代前半でもう臓器移植の分野で国際的な名声を得てるなんて」

一人が感嘆の声を漏らす。

「絢子、本当に幸運だよね、藤原先生と結婚できるなんて」

私は無理に笑みを浮かべた。

もしやり直せるなら、あの病室で藤原潔志に出会わなければよかったのに。

でも、その言葉は心の底にしまい込むしかない。

宴会が始まると、話題は必然的に私と藤原潔志の結婚生活へと移っていった。

藤原潔志が当時医学部の風雲児で、私がただの芸術学部の学生だったことは誰もが知っている。

「実際のところ、お二人ってどうやって付き合うことになったの?」

誰かが好奇心に満ちた声で尋ねた。

適当にはぐらかそうとしたその時、個室の戸がすっと開けられた。そこに立っていたのは藤原潔志で、体にはまだ手術室特有の消毒液の匂いをまとっている。彼は皆に軽く頭を下げて詫びた。

「すみません、手術がたった今終わりまして。お待たせしました」

三年経っても、彼は人を寄せ付けないあの厳格な自制心を保っていた。黒縁眼鏡の奥の瞳は疲れているのに鋭く、白いシャツは一番上のボタンまで几帳面に留められている。

委員長が甲斐甲斐しくお茶を淹れる。

「藤原先生が来てくださるなんて最高ですよ! そうだ、絢子、もうあのいい知らせは伝えたんだろう?」

私の心臓が、きゅっと縮こまった。

「いい知らせとは?」

藤原潔志が私の方を向き、その目に問いの色を浮かべた。

委員長は私の居心地の悪さに気づかず、話を続ける。

「佐々木教授が絢子を京都の古画修復プロジェクトに推薦したんですよ! 半年も続くらしいですけど、これは滅多にないチャンスですよ」

空気が一瞬、凍りついたかのようだった。藤原潔志の表情に変化はない。けれど、彼が不機嫌になったことは私にはわかった。

「絢子の体調では、長期間東京を離れるのは適切ではありません」

彼は平坦な口調で言った。

「彼女の服薬管理は厳格な監視が必要です。ですが、来月、箱根の温泉旅館で数日静養する計画を立てています。あそこの環境は彼女のためになります」

藤原潔志は私ではなく、皆に向かってそう言った。

まるで私が、自分のことを決められない大人ではなく、ただ彼の世話が必要な患者であるかのように。

同級生たちが羨ましそうに私を見る。

「旦那さん、本当に優しい! 今の時代、こんなに奥さんのことを気遣ってくれる男なんていないわよ」

息が詰まるような感覚に襲われ、私は立ち上がった。

「ごめんなさい、少し気分が悪くて。先に帰ります」

皆の引き留める声も聞かず、私は足早に居酒屋を出た。東京の夜雨が不意に降り出し、私の肩を濡らした。

数歩も歩かないうちに、藤原潔志が追いかけてきて、傘を差しだす。

「雨に濡れてはいけない。免疫系に影響が出るのを知っているだろう。それで体調を崩したらどうするんだ」

帰りの車の中で、私はもう一度切り出した。

「私、本当にあの古画修復プロジェクトに参加したいの。自分の体のことは絶対にしっかり管理するし、少しだって問題を起こしたりしないから」

それは、私がずっと準備してきたプロジェクトだった。

「絢子」

彼はため息をつき、穏やかだが断固とした声で言った。

「君を危険に晒すわけにはいかない。わかるだろう」

その優しい気遣いの言葉が、一瞬にして私を打ちのめした。

彼は、私自身よりもずっと、私の体を気にかけている。

そうよ。

ずっとわかっていたことだ。

私の胸にあるこの心臓は、田中安子のもの——藤原潔志のかつての恋人のものなのだ。

私のあらゆる情熱も追求も、すべてはこの心臓のために道を譲らなければならない。

誰もが、彼が私を命のように愛していると思っている。けれど、本当に彼の命を奪いかねないのは私ではなく、この脈打つ心臓だということを、誰も知らない。

そして私は。

ただその心臓を収めるための、器に過ぎないのだ。

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