第9章

藤原潔志が病室から飛び出すと、その足音が病院の廊下に響き渡った。

角を曲がったところで、彼は不意に足を止めた。

そこに立っていたのは、田中安子だった。シンプルな黒のワンピースをまとい、長い髪を肩まで綺麗に垂らしている。

彼女はソーシャルメディアの写真で見るよりも成熟しており、目じりにはわずかに歳月の痕跡が刻まれていたが、それでもなお優雅な気品を保っていた。

「安子……君は……君はもう……」

藤原潔志の声は震え、言葉の紡ぎ方さえ忘れてしまったかのようだった。

田中安子は微かに笑みを浮かべたが、その瞳に温度はなかった。

「潔志、久しぶり。報道は誤りよ。あの心臓は私のもの...

ログインして続きを読む