第3章 会いたかっただけ
朝比奈鈴視点
ベッドの縁に腰掛けたまま、私はまだ星のネックレスを握りしめている。その時、携帯が突然、けたたましい音を立てて鳴り響いた。ナイフのように静寂を切り裂く耳障りな着信音に、私はびくりと肩を震わせる。
急いで顔を拭い、発信者の名前を確認する。
瀬戸隆。
一瞬、私はただ画面を睨みつけた。瀬戸隆は、この街で唯一、本当の私を知る人物。私が生きているか死んでいるかなんてことを気にかけてくれる、たった一人の存在だ。
私は電話に出ると、声が普通に聞こえるように努めた。
「隆? ……もう遅い時間だけど」
「鈴、何かあったな。声でわかる」
しまった。油断すべきじゃなかった。隆は十五年も潜入捜査をしている。呼吸のパターンだけで相手の心を読むことだってできるのだ。
「何でもない。疲れてるだけ」
「ごまかすな。泣いてた声くらい、聞けばわかる」
私は唇を噛みしめ、こみ上げてくる新たな涙の波と戦う。隆は、この場所で私に残された唯一の家族なのだ。
「今日、彼に会ったの」
電話の向こうが数秒間、静かになる。
「誰にだ? 待て、まさか……牧村須加か?」
「取調室で。彼が私の事件を担当する刑事だった」
「クソッ」
隆は重々しく息を吐いた。
「鈴、君にとってこれがどれほどの意味を持つか、俺にはわかる」
隆はわかってくれる。三年前のあの凄惨な夜、彼は同僚だけを失ったんじゃない。奥さんも亡くしたんだ。私と同じように、また復讐のため、正義のためにこの潜入捜査の道を選んだ。私たちのファイルは、表向きにはただのチンピラにしか見えないよう、深く深く埋葬されている。
「聞け、鈴。世の中には個人的な感情より大事なことがある。君の親父さんの死も、俺の妻の死も、他の罪なき人々の死も。俺たちで、これを終わらせなきゃならない」
「わかってる。彼のことは知らないふりをして、すごく酷いことも言った」
「実の妹のように、君のことは守ってやる。だが今は、チャンスが巡ってきた」
私は背筋を伸ばした。
「どういうこと?」
「昨日の強盗で、組織は数人の人員を失った。武井悠が新しい人材を募集している。俺たちが待ち望んでいたチャンスだ、鈴」
心臓が速鐘を打ち始める。
「それって……」
「警視庁での訓練、その動機、その経歴。すべてがこの瞬間のためにあった。武井悠の懐に入り込める人間が必要なんだ」
私は手のひらにある星のネックレスを見つめ、そこから力を得ようと試みた。
「隆、もし私が本当に中枢に入ったら、それはつまり、私も何か……」
「何を心配しているかはわかる。だが忘れるな。俺たちは、もっと多くの罪なき命を救うことになるんだ」
父の顔を、病院のベッドで意識なく横たわる母の顔を、みんなを守って死んでいった須加の両親の顔を思う。こんな目に遭うはずのなかった、すべての善良な人々を。
「わかった。準備はできてる」
「だが鈴、一つ警告しておかなければならないことがある。もし本気で深くまで潜るなら、牧村須加との接触はもっと頻繁になるだろう。その正体のせいで、お前たちの関係はさらにめちゃくちゃになるはずだ」
二週間後。
私は安物のジーンズと着古したジャケットを身につけ、再び警察署の取調室にいた。銀行強盗の末に逮捕されたばかりだ。直接参加はしていないが、見張り役として現場にいた。いつものことながら、ただ運が悪かっただけだ。
ドアが開き、須加が入ってくる。私を見た瞬間、彼の表情にいくつもの感情が駆け巡るのがわかった。
私は気怠げな笑みを浮かべて彼を見上げた。
「おや、また会ったね」
須加は目を閉じ、深呼吸をしてから、再び目を開けて私を睨みつけた。
「もうこういうことからは足を洗うんじゃないかと思っていた」
彼の声には怒りがこもっていたが、その奥には痛みが――深い痛みが感じられた。
「鈴、どうしてこんなことをするんだ?」
私はまるで天気の話でもするかのように肩をすくめる。
「生きていくためさ」
「生きていくため? それが言い訳か?」
彼の声がかすかに震えた。
「鈴、自分の姿を見てみろ! お前のお母さんが目を覚まして、今のお前を見たら……!」
私は同じ笑みを浮かべたまま、首を横に振った。
「母さんはもう目覚めないわ、須加。私たち二人とも、わかってることでしょう。夢みたいなこと言ってないで、現実を見たらどう?」
まるで平手打ちでも食らったかのように、須加の顔から血の気が引いていった。
それから数ヶ月は、めまぐるしく過ぎていった
私は絶えず警察署に出入りしていた。保釈されることもあれば、組織の他のメンバーを保釈させることもあった。そしてそのたびに、私は須加に会った。
最初のうちは、彼もまだ私に手を差し伸べようとしていた。
「鈴、どうしていつもこういう事件に顔を出すんだ?」
そして私はいつも、からかうような笑みで同じ答えを返した。
「あなたに会いたかっただけよ」
私がそう言うたびに、須加は怒って背を向けて立ち去った。だが、彼の瞳の中にある痛み、肩がこわばる様子、拳を握りしめる仕草が、私には見えていた。
しかし次第に、須加は無感覚になっていった。彼は私を避けるようになり、私が来るのを見ると違う廊下を選ぶようになった。質問することも、私を救おうとすることもやめてしまった。
私はその変化にすぐに気づいた。彼がもう私をまっすぐに見なくなったこと。目を合わせずに私の書類を処理するようになったこと。彼が私を、彼の人生を通り過ぎていくだけの、ただの犯罪者の一人として扱うようになったこと。
ある時、私が留置場に座っていると、彼が通りかかった。私は呼びかけた。
「ねえ須加、寂しかった?」
彼は足を止めようともしなかった。
またある時、私が受付で手続きをしていると、彼が書類を取りに来た。目が合ったので小さく手を振ってみた。彼はまるで私がそこにいないかのように、私のことなど意にも介さず通り過ぎていった。
深夜、また一人きりの部屋で。
また逮捕と保釈を繰り返した後、私はベッドに座っている。今日も署で須加に会った。
今日の須加の私を見る目を思い出す。まるで見知らぬ他人のように、もう気にもかけないただの犯罪者を見る目だった。どうやら彼は、本当に私にうんざりしてしまったらしい。
「これが、私の望んだことじゃなかったの?」
私は誰もいない部屋に語りかける。
「私を憎ませて、諦めさせて、彼を安全に保つこと」
だが、私たちを隔てる距離が、たった数メートルどころか、銀河系ほどにも感じられるのはどうしてだろう?
私は窓辺に立ち、遠くに見える警察署の明かりを見つめる。須加はまだあそこで残業しているかもしれない。けれど、今の私たちほど遠く離れていたことはない。
私は部屋の明かりを消した。私と須加の間に広がり続ける深い溝のように、部屋が闇に沈んでいく。






