第12章 交通事故に遭う

田中春奈はそう言うと、迷いなく立ち上がった。「どうぞ、江口社長。仕事がありますので」

憤然と立ち去る男の背中を見つめ、田中春奈の心には一抹の痛快ささえあった。

誰があの男を田中由衣の恋人にしたというのか。彼の気遣いなど、彼女にとっては滑稽でしかない。

深夜まで残業することになった田中春奈は、前回と同じ家政婦に息子の世話を頼むしかなかった。

彼女は残業を決め、実験データの海に身を投じ、W国トップの生物医学研究所の責任者と三時間にも及ぶビデオ会議を行った。

会議が終わる頃には夜も更け、時計の針は静かに十二時を過ぎていた。彼女は軽くこめかみを揉み、眼鏡を外すと、疲れ切って椅子の背にもたれ...

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