死なない少女

死なない少女

大宮西幸 · 完結 · 21.5k 文字

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紹介

二十年前、四歳のアリシアは公園から忽然と姿を消した。
コネチカット随一の富豪令嬢から、一夜にして孤児へ――。

二十年後、生みの両親は、カフェで働く彼女を偶然見つけ出す。
そしてアリシアは、再び豪奢な生活へと迎え入れられた。

だが、そのおとぎ話のような再会の裏には、死の影が潜んでいた。
ガブリエルと名乗る謎の守護天使が、家族に迫る破滅を予言する警告を送り始める。
しかし、幸福に酔いしれたアリシアは、それらをただの幻覚だと笑い飛ばした。

その不信の代償は、あまりにも大きかった。
父は乗馬クラブでの事故で命を落とし、
数か月後には母がチャリティー・ガラへ向かう途中、交通事故で帰らぬ人となった。

悲嘆と罪悪感に押し潰されたアリシアは、病院の屋上から身を投げる――

……そして目を覚ますと、あの日、両親に再会した朝に戻っていた。

今度こそ、ガブリエルの予言をすべて信じ、家族を救うと誓うアリシア。
だが天使の導きに従ううち、運命の歯車はそう簡単には止められないことを知る。

本当の試練は、まだ始まったばかりだった。

チャプター 1

「アリシア! 一体何を呆けてやがるんだ!?」

 シェフであるボブ・ミラーの怒号が、私の耳元で炸裂した。はっと目を開けると、私はニューヘイブン大学のカフェのレジカウンターに立っており、手にはまだ滴るほど濡れた布巾を握りしめていた。

 何が起きているの? 私はもう死んで……。

 まさか! 私、生まれ変わったの!?

 目の前の光景には、あまりにも見覚えがありすぎた。壁の時計は午後四時十五分を指し、ボブの肉付きのいい顔は怒りで赤く染まっている。

 今日は二〇二四年十月十五日だわ! 私の運命を変えた、あの重要な日!

「耳が聞こえねえのか、それとも口がきけねえのか!?」ボブはカウンターをバンと叩いた。「テーブルを拭けって言っただろ! 石像みたいに突っ立ってんじゃねえよ!」

「ご、ごめんなさい……」私は反射的に謝ったが、心臓は早鐘を打っていた。

 本当に戻ってきたんだ! 前の人生で、私が最も後悔したあの瞬間に!

 津波のように、前世の記憶が溢れ出してくる。両親の不慮の死、ローズの必死な涙、そしてあの絶望的な屋上からの飛び降り……。何よりも痛ましいのは、私が聞き入れなかったあの声だ。

 ガブリエルの声!

 あの時、天使ガブリエルの予言に耳を傾けていれば、両親は死なずに済んだのに! あんな悲劇なんて、何一つ起こらなかったはずなのに!

「この馬鹿野郎! 客が待ってるんだぞ!」ボブの罵倒は続く。「オーナーがなんでお前みたいな能無しを雇ったのか、全くわからないぜ!」

 その時、外から聞き覚えのあるブレーキ音が聞こえてきた。

 キキーッ!

 心臓が跳ね上がった! 来たんだわ!

 私は必死に平静を装い、何も起きていないかのようにテーブルを拭き続けた。だが、視線はどうしても窓の方へ向いてしまう。黒塗りのリンカーンが、カフェの前に滑らかに停まったところだった。

 車のドアが開く。背の高い中年の男性が降りてきた。完璧に整えられた黒髪に、隙のない仕立てのスーツ。あの顔……夢の中で何百万回も叫び求めた、あの顔!

 お父さん!

 私はもう少しで飛び出していくところだったが、理性がそれを押し留めた。これが初対面であるかのように振る舞わなければならない。

 助手席のドアも開き、優雅な女性がしなやかに降り立つ。黄金色の巻き毛が微風に舞い、その瞳には切迫感と不安が滲んでいた。

 お母さん!

 私は溢れそうになる歓喜の涙をこらえ、仕事に集中しているふりを続けた。

 二人がカフェに入ってくると、その高貴な佇まいに誰もが目を奪われた。数人の学生がひそひそと囁き始め、カフェの店長であるジェニファーが慌てて駆け寄っていく。

「いらっしゃいませ、何かお手伝いしましょうか?」ジェニファーは媚びるような笑みを浮かべて尋ねた。

「人を探しているんだ」男性の声は低く、力強かった。「アリシアという名の少女だ。彼女がここで働いているという情報があってね」

「アリシア?」ジェニファーが私の方を見た。「アリシア・ジョンソンのことでしょうか?」

「いいえ、彼女の姓はジョンソンではありません」女性の声が微かに震えている。「あの子の名前は、アリシア・ケンジントン。私たちの……生き別れた娘なのです」

 手から布巾が滑り落ちた。

「えっ?」私は振り返り、驚いたふりをした。「あの……私のことですか?」

 男性が歩み寄り、私をじっと見つめた。その瞳に次第に興奮の色が満ちていく。「なんてことだ……子供の頃と瓜二つじゃないか……」

「ハワード、あの子の右手首にあるあざを見て!」女性が叫び、私の手首を指差した。

 私は反射的に、右手首にある小さな三日月形のあざに目をやった。それは、生まれた時からずっと私にあるものだった。

「そのあざだわ!」女性の目に、見る見るうちに涙が溢れてくる。「ハワード、この子よ! 間違いなく、私たちのアリシアよ!」

 頭の中が真っ白になった――もちろん、ただの演技だけど。

「わ、わけがわかりません……」私はわざとらしく言葉を詰まらせた。「あなたたちは誰ですか? 生き別れた娘って何のこと? 私はずっと孤児だったんです……」

 前世では、まさにこうして自分の出自を知らされたのだった。四歳の時に公園で迷子になり、親切なジョンソン夫妻に引き取られたこと。養父母が交通事故で亡くなった後、私立探偵が私をここへ突き止めたこと。そして、目の前の二人は私の実の両親――コネチカット州で最も裕福な夫妻だったということ。

「受け入れがたいのは分かっているよ」ハワードの声は、泣きたくなるほど優しかった。「だが、君は本当に私たちの娘なんだ。二十年前、君は公園で迷子になった。私たちは二十年間、片時も休まず君を探し続けてきたんだ」

 キャロルはすでに泣き崩れそうだった。「私の愛しい子……お母さんの大切な子が、やっと見つかったのね……」

 彼女は私が急に消えてしまうのを恐れるように、慎重に近づいてきた。「いいかしら……お母さんに、抱きしめさせてくれる?」

 その瞳に宿る切実な願いと気遣いを見て、私はもう込み上げる感情を抑えきれなかった。

「お母さん……」私の声が震えた。

 キャロルは即座に腕を広げ、私を強く抱きしめた。「私の娘……私の娘がやっと帰ってきた……」

 彼女の抱擁はとても温かく、現実のものだった。私は懐かしい香水の匂いを貪るように吸い込んだ。長く失われていた母の愛に、涙が溢れ出しそうになる。

「こんなの……夢みたい……」私は嗚咽した。

 ハワードも目を赤くして近づいてきた。「お父さんが悪かったね。この数年、随分と辛い思いをさせただろう」

「お父さん?」私は怯えたような目で彼を見上げた。

「ああ、お父さんだよ」ハワードは優しく私の髪を撫でた。「これからは、もう二度と辛い思いはさせないからね」

 その様子を見ていた学生たちは衝撃を受け、ひそひそと囁き合っていた。

 そんな温かい空気を切り裂くように、ボブが激怒して飛び出してきた。「アリシア、この役立たずがっ……! 仕事中に持ち場を離れやがって……」

 だが、ハワードの厳しい視線に射抜かれ、彼の言葉は唐突に途切れた。

「君」ハワードの声は穏やかだが、絶対的な威厳に満ちていた。「私はハワード・ケンジントンだ。そしてこちらは、生き別れた私の娘だ。言葉を慎みたまえ」

 ケンジントン! コネチカット州で最も裕福な一族の姓だ! ボブの顔は一瞬で青ざめた。

「そんな……まさか……」彼はしどろもどろになった。

「行きましょう」私はそっとハワードの袖を引いた。「お父さん、あんな人のために怒る価値なんてないわ」

 ハワードはボブをじっと見つめたが、それ以上は何も言わず、ただ優しく私の肩を抱き寄せた。

「さあ、家に帰ろう」

 運転手がドアを開け、私は後部座席でキャロルとハワードの間に座った。

「まあ、こんな服を着て……」キャロルは愛おしそうに言いながら、私の髪を整えた。「明日、お母さんが一番可愛いドレスを買いに連れて行ってあげるからね」

「お母さん……」私は彼女の手を握り返した。「今度は、もう心配なんてかけないから」

「馬鹿な子ね、私たちがあなたを守るのよ」キャロルは私の額にキスをした。「これからは、あなたが私たちの大切な娘なのだから」

 ハワードも温かい口調で言った。「ケンジントン家の正当な継承者が、ついに帰還を果たしたのだ」

 車窓の外を流れる、次第に見慣れたものへと変わっていく景色を眺めながら、私の心は決意で満たされていた。今度こそ、ガブリエルの予言すべてに従ってみせる!

 どんな代償を払ってでも、家族を救ってみせる!

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